ロンドン在住の執筆家・翻訳家で、『世界で最も美しい書店』『世界の美しい本屋さん』などの著書をもつ清水玲奈さんが、イタリアのボローニャで毎年開催されるボローニャ・ブックフェアに行ってきました。世界には数多くのブックフェアがありますが、ボローニャ・ブックフェアの特徴は児童書専門のブックフェアであるということ。近い未来、日本の私たちが書店で目にすることになるかもしれない絵本や児童書がここで取引されています。一般客は立ち入りできないという、ボローニャ・ブックフェアのレポートをどうぞお楽しみください。
ボローニャ・ブックフェアとはなにか
毎年春のボローニャ・ブックフェアとロンドン・ブックフェア、秋のフランクフルト・ブックフェアは、世界三大ブックフェアと呼ばれます。
今年55回目を迎えたボローニャ・ブックフェアは「ボローニャ児童書見本市(Bologna Children’s Book Fair)」が公式名称で、唯一の児童書専門の見本市です。毎年3月にボローニャの北にある見本市会場で開かれています。
私は数年前から、毎年ロンドンとフランクフルトのブックフェアに参加しています。そのたびに、各国の出版社の人も、ブックエージェントも、みなさん「ブックフェアはボローニャが一番楽しいですよ、会場の雰囲気も良くて」と、口をそろえて言うのを耳にしてきました。イギリスの大手出版社の社員など、「フランクフルト・ブックフェアはビジネス。ボローニャ・ブックフェアは楽しみ。ロンドン・ブックフェアはそのどちらでもない」と、イギリス的自虐的ユーモアを駆使していました。
そんなわけで、ボローニャ・ブックフェアに憧れていたところ、日本の出版社の翻訳権買い付けのお手伝いのお声がかかり、今年初めて行ってみました。
このブックフェアが創設された1964年は、欧米で優れた絵本が数多く出版されるようになった頃でした。前年の1963年から、ボローニャの有志が集まって、イタリアの大手出版社ジュンティの創業者であるレナート・ジュンティの協力を得て、フィレンツェのイタリア政府機関国立教育研究所とともに最初のブックフェアを準備したのが始まりです。
当時の公式名称は「青少年のための本の国際見本市」(Fiera Internazionale del Libro per l’Infanzia e la Gioventù)で、旧市街の歴史建築であるエンツォ王宮を会場に、11か国から44の出版社が参加したそうです。
成功を受けて「恒例の国際見本市にふさわしい会場を建設するべきだ」という機運が高まり、1965年には現在の会場であるボローニャ・フィエーレ(ボローニャ・エキシビション・センター)の建設が始まりました。そして、1969年からここでブックフェアが開かれるようになりました。
世界最大のブックフェアであるフランクフルト・ブックフェアと比べた場合、ボローニャの来場者数はおよそ1割、ブースの数は2割くらいにとどまりますが、それでも着実に成長し続けています。今年のブースの数は昨年より9%増えて1,390に上り、本の業界人とジャーナリストを合わせ、77か国から昨年を3%上回る27,642人が参加しています。
子どもの本の業界が世界的に好調なのは、とりわけうれしいことです。本好きな子どもはきっと本好きな大人になるはずで、子どもの本が売れているなら「本の未来は明るい」と思わせてくれます。
フランクフルト・ブックフェアが最終日は一般客にも開放されているのに対して、ボローニャ・ブックフェアに入場できるのは、ロンドン・ブックフェアと同様、出版業界の関係者とジャーナリスト(ブロガーも含む)に限られます。年齢は18歳以上という指定もあります。
ただしボローニャ・ブックフェアの主催者によれば「関係者」は幅広く、作家、画家・イラストレーター、編集者、エージェント、翻訳者のほか、映画・テレビのプロデューサー、図書館司書、教師といった人たちも入ります。入場券は公式ウェブサイトで事前に購入できます。お値段は業種によって異なり、事前に登録するとイラストレーターは20ユーロ、教師は13ユーロなどとなっています。当日会場でも販売されていますが、職業を証明する書類や名刺が必要です。
私はジャーナリストの立場で申し込み、プレスカードのコピーや連絡先を送ったところ、事前登録を受け付けたというシンプルなメールが送られてきました。当日の会場入り口は、入場券をバーコードリーダーで読み取る方式ですが、係の人は、事情を説明すると中に入れて、会場内のプレスオフィスの場所を教えてくれました。プレスオフィスで名前を告げると、全日程有効の入場証がもらえました。アナログなやり方ですが、それなりに機能しているようです。
ロンドンからボローニャへ
さて、私が暮らすロンドンからボローニャ入りしたのは、見本市開始前日の日曜日、3月25日で、サマータイム開始日でした。未明に1時間時計が早まった当日、まだ真っ暗な午前4時にロンドンの自宅を出発します。ガトウィック空港で、搭乗口から飛行機まで移動するバスの中からイタリア人たちのおしゃべりが絶えず、旅気分が盛り上がりました。
格安航空イージージェットに乗り、雪を頂くアルプスを越えます。
ボローニャに着いて、さっそく街を散歩しました。世界最古の大学があるボローニャは歴史都市で、ポルティコと呼ばれる柱廊が旧市街だけで38キロにわたってはりめぐらされ、街のシンボルとなっています。ポルティコは11世紀から、人口増加に対応して住宅を確保するために造られ始めました。道に張り出した屋根の上にも部屋が増築できるようにという工夫で、13世紀にはすべての新築の建物に義務付けられるまでになりました。
復活祭の1週間前の日曜日、街のそこかしこの教会で特別な礼拝が行われ、ヤドリギが配られていました。地元の人たちは、そのヤドリギを手にポルティコの下を歩いています。
ボローニャはまた、美食の都としても有名です。お昼ご飯は、ボローニャのあるレッジョエミリア地方の名物、ピアディーナをいただきました。平たくてずっしりしたパンに、生ハムやチーズ、グリルした野菜などの具をはさんだサンドイッチで、かなり食べ応えがあります。
夜はアスパラガスのリゾットと、黒トリュフと生のアーティチョークのサラダ、そして地元の微発泡赤ワインを楽しみました。老舗のレストランでおいしいイタリア料理と地元のワインを味わっているうちに、とろけるような気分になってきて、業界人たちが口々に「ボローニャは最高」と言っていた理由が、ブックフェア会場に行く前から、すでに少し分かったように思いました。
ブックフェア初日のにぎわい
さて、いよいよブックフェア初日の3月26日。会場まで、ボローニャ中央駅前からタクシーを拾おうとしたら大行列です。係のお兄さんに聞くと「シャトルバスもあるけど分かりにくいから、すぐそこのバス停から出る35番か38番のバスに乗るのがいいですよ。切符はその辺のバールで買えます」とのこと。地元の人たちに加え、ブックフェアに行くさまざまな国籍の人で込み合う路線バスに揺られて、15分ほどで会場に着きました。
会場の広さは約2万平米です。その大部分は、欧米や中東、アジアなど世界中から集まった出版社のブースで占められていて、これはどこのブックフェアでもおなじみの光景です。ちなみにボローニャ・ブックフェアの今年の出展料は、基本的な作りの4メートル四方のブースの場合で3,895ユーロでした。
ブースでは、新しく出版されたばかり、あるいはこれから出版される予定の本を中心に、本の実物やダミー(表紙と最初の数ページのみが仮に製本されていて、中は白紙のサンプル)が展示されています。外国の出版社の代表がブースを訪れ、版権セールス担当者と30分から1時間刻みでミーティングを行い、本に関するプレゼンテーションを受けて、翻訳して出版するべき本を探します。どの出版社も通常、ブックエージェントを通して事前にアポが埋まっていますが、中にはブースでの展示がたまたま目に留まって翻訳・出版にこぎつけるというケースもあります。翻訳権のほかにも、映画化・商品化のための権利も取引されています。
会場では、児童書らしくファンタジーに満ちた趣向を凝らすブースが目立ちました。イギリスの大手児童書出版社アズボーンは、おとぎの国の森のような演出でとりわけ人目を引きます。
イタリアの大手出版社ジュンティのブースには、『星の王子さま』の挿画とともに、著者サンテグジュペリの前書きからこんな引用が壁に書かれていました。
「大人はみんな、はじめは子どもだった。(でも、それを忘れずにいる大人はほとんどいない)」
そのほか、「本と一緒なら、世界の果てまででも旅できる」というキャッチフレーズが壁に書いてあるブースもありました。
ブックフェアに出展される本を見ていれば、その年の世界的な流行が分かります。今回のボローニャでは、来年の月面着陸50周年を見据えて月や宇宙の絵本が数多く出されていました。そのほか、歴史上活躍した女性たちをイラスト入りで紹介する伝記絵本や、自然保護の象徴としてヨーロッパで興味が高まっているミツバチについての本も複数見られました。また、ユニコーンがキャラクターとして静かなトレンドのようです。
子ども向けに限らず、むしろ大人の方が楽しめそうなビジュアル本を出している出版社も出展しています。たとえば東京で先ごろ展覧会が開かれて注目されているインドの出版社「タラ・ブックス」は、個性的で芸術性の高いアートブックで異彩を放っていました。
日本からも10数社が出展しています。五味太郎など欧米でも人気の作家の展示が目立つところに置かれていました。
なお、ブックフェア期間中は、前年の参加出版社の作品の中からボローニャ国際児童図書賞が発表され、昨年はヨシタケシンスケ作『もう ぬげない』(ブロンズ新社)がフィクション部門特別賞を受賞しました。主催者による賞だけではなく、世界のさまざまな児童書の賞も、ブックフェア期間中に発表される伝統があります。
今年は、児童文学のノーベル賞といわれる「国際アンデルセン賞」(スイスが本部の国際児童図書評議会主催)の作家賞が、『魔女の宅急便』で有名な児童文学作家の角野栄子さんに与えられることが発表されました。ブックフェアの会場内でも、角野さんの顔写真入りのポスターが掲示されていました。
絵本作家の登竜門
さて、ボローニャ・ブックフェアを世界的に有名にしているのが、会場内で開かれるボローニャ国際絵本原画展で、ブックフェアが創設された2年後の1966年から行われています。世界中のイラストレーターによる応募作品から選ばれた傑作だけが展示され、絵本作家の登竜門となっています。今年は72か国から3,053人の15,265点の応募があり、審査の結果、25か国から77作品が選ばれて展示されました。日本からは10人のイラストレーターさんが入選しています。
テーブル状に、平面に置かれた作品がずらりと並ぶ展示方式がユニークです。審査員と同じ目線で見られる工夫なのだそうで、訪れる人たちは上にかがみこむようにして熱心に眺めていました。
さらに、原画展に参加する35歳以下の入選者を対象に与えられる若手イラストレーター大賞、SM財団国際賞は今年8回目を迎え、クロアチア出身のヴェンディ・ヴェルニッチさんに授与されました。受賞者には15,000ドルの賞金が与えられ、スペインの出版社SMによって絵本が出版されます。さらに、来年の原画展の一角で個展が開催されます。
この原画展は、1994年から日本でも紹介されるようになり、今年も板橋区立美術館など日本各地に巡回するほか、今年のブックフェアの招待国だった中国でも初めて展示が行われる予定だそうです。
ボローニャ・ブックフェアのもうひとつの特色は、プロの出版関係者だけではなく、若きイラストレーターさんが大勢会場を訪れ、さまざまな方法で自分の絵を売り込む姿が目に付くことでした。
自分のイラストを連絡先とともに貼ることのできる掲示板は、ありとあらゆるテイストのイラストで満杯です。
それから、出版社によっては決まった時間帯に、イラストレーターさんの売り込みを受け付けるところもあり、そうしたブースには、思い思いのファッションに身を包み、ポートフォリオやアイパッドを持ったアーティーな若者たちの行列ができていました。出版社側も、真剣に作品を見ています。ブックフェアでの出会いから、作品が本として刊行され、それがひいては人気絵本作家の誕生に結び付くこともあるのです。
ブックフェア会場の催し物
また、ブックフェア期間中は、絵本や児童文学、また翻訳をめぐるさまざまな講演会やディベートも開かれています。最終日の3日目、とりわけ興味を引かれた2つのディベートを聞いてきました。
ひとつめは、モーリス・センダック著の『かいじゅうたちのいるところ』をテーマにしたディベートです。このセンダックも、かつてボローニャ絵本原画展に参加して世界的な知名度を上げた絵本作家のひとりです。
その代表作である『かいじゅうたちのいるところ』は1963年にアメリカで出版されて以来世界中で親しまれている不朽の絵本で、日本でも神宮輝夫の名訳(冨山房版)で数多くの子どもたちに親しまれています。イタリアでは今年1月に新訳が出たことから改めて脚光を浴びているようです。
パネリストは3人ともイタリア人女性。イタリア語の新訳を担当した翻訳家リーザ・トーピ、絵本作家アンナ・カスタニョーリ、子どもの読書の普及活動にも力を入れている編集者フランチェスカ・アルキントが、この絵本の魅力を語り合いました。
いたずら好きのマックス少年が、お母さんに「おまえをたべちゃうぞ」と言ったところから子ども部屋に閉じ込められ、そこから不思議な国へ旅立ち、かいじゅうたちの王様になったものの「おまえがたべちゃいたいほどすきなんだ」と言われて家が恋しくなり、最後はまだ温かい夕食の置かれた部屋に帰っていくというストーリー(引用は神宮訳より)。
カスタニョーリによれば、この名作の存在意義は、児童文学の枠に収まりません。騎士物語と現実の区別がつかなくなった男を描くセルバンテスの『ドン・キホーテ』や、ある朝目覚めると虫になっていた男が主人公のカフカの『変身』といった文学史の系譜に位置するともいえます。
貧しいポーランド移民の両親のもとで育ったセンダックにとって、現実を逃避する少年の物語を、ユーモアを込めた絵と文章で描くことは、慰めであり、癒しでした。「私は子ども向けの本を書いているわけではありません。でも、子どもたちは私の本の最良の読者です」と言ったそうです。
表紙に主人公が描かれていないのは、子どもが物語の中に入り込んで自分の話として読めるようにという配慮。クライマックスで、少年が「かいじゅうたち」の王様になる場面では、4ページにわたって文はなく絵だけで物語が展開。そこは、読み聞かせる大人の声が介入しない、子どもの聖域です。
たった10個の文で展開する物語を、翻訳者リーザ・トーピは、英語の原文と同じ語数のイタリア語に置き換えることにこだわったそうです。翻訳者として、シンプルな文こそ大切に訳すというのは見習いたい姿勢だと思いました。
言葉が厳選されていて凝縮された文章、そして魅力的な絵は、自由に解釈できる可能性を秘めていて、だからこそ、時代も国境も、そして年齢も関係なく愛されてきた、というところで、3人の意見は一致しました。ロングセラー絵本の秘密を解き明かす興味深いお話でした。
次のディベートは、「年齢を超えた朗読の効用」というテーマ。子どもに日々読み聞かせをしている親としては、気になります。
イタリア語の響きは音楽的。黙読よりも朗読が似合う言葉だともいえるかもしれません。日本では少し前に「声に出して読む」ことがブームになり、読み聞かせのコツを扱う本が多数出ていますが、イタリアでも朗読への関心はさらに高まっているようで、会場は立ち見が出る盛況でした。
朗読について、脳科学者の立場から解説したのは、日本語にも著作が翻訳されているローマ大学アルベルト・オリヴェリオ教授。人類の文明の中で書き言葉が登場した歴史は浅く、人間の、とくに子どもの脳は、耳から聞いた言葉を記憶するのが得意なのだそうです。「耳から聞く言葉から想像をふくらませることが、読書力の基盤づくりにもなる」との教授の理路整然とした解説に、会場からは拍手が起こりました。
一方、イタリアの大手書店チェーン、フェルトリネッリで子どもの読書キャンペーンを担当しているアリアンナ・カレーナさんは、本屋さんの現場からの報告。「読み聞かせは大人と子どもがふれあう時間。本は自分の殻に閉じこもるためにあるのではなく、逆に子どもが他者とつながるための手段となる」と、力強く語りました。
イタリア人たちが、本をめぐって話し合う様子は、熱がこもっていて、そして楽し気でした。読み聞かせはもちろんですが、こんな風に好きな本について大人が話し合う姿を折に触れて示すことができたら、それも子どもを本好きにする効果がありそうです。
そんなことを考えつつ、ふと隣に座っている女性を見ると、なんだか知り合いにそっくり。話しかけてみると、本当に2年ぶりに会うヴェネチア在住の作家のマヌエーラでした。広い会場でよりによって隣にいたのはびっくりですが、2人とも、こういうときに最前列に陣取る似た者同士だというだけかもしれません。
マヌエーラは最近、画家とのコラボで絵本を手掛けていて、住んでいるヴェネチアから電車に乗って、マーケットの様子を探りにきたとのこと。彼女との思いがけない再会も本の取り持つご縁でした。
彼女は日帰りでのブックフェア訪問であまり時間がないと言いつつ、10分でもしゃべらなきゃ、とのことで、ごった返す会場内のカフェテリアでコーヒータイム。80歳のお母さんとふたりで日本旅行に行く計画を立てていることや、共通の友人の噂話などで盛り上がりました。「ヴェネチアに戻ったら、作品をロンドンのおうちに送るからねー」と約束してくれて、別れました。
さて、ボローニャ・ブックフェアについて特筆すべきことがもうひとつ。それは昼食事情です。フランクフルトとロンドンのブックフェアでは、アポとアポの合間の限られた時間に、混雑した会場内のレストランで昼食をとることが、なんとかこなさなければならない任務のひとつとなります。行列を作ってやっと冷たいスシやサンドイッチにありつければ、しかも立食でもテーブルが確保できれば良い方、というのが悲しい現実です。
ところが、ボローニャの見本市会場のカフェテリアでは、雑然とした学食のような雰囲気で、相席のテーブルではあっても、ゆっくり座って、シンプルながらおいしいイタリアの野菜料理やパスタが食べられて、ちょっと幸せでした。
そんなわけで、少なくとも食事情に関しては、明らかにボローニャに軍配が上がります。
ブックフェア公式書店、ジャンニーノ・ストッパーニ
さて、最終日の会場を後にして、ブックフェア関係者が必ず訪れると言われる本屋さんに向かいます。ボローニャ旧市街にある老舗の児童書専門店、ジャンニーノ・ストッパーニです。
ここはブックフェアの公式書店で、会場でも絵本原画展の傍らにポップアップショップを営業し、話題の出展作品を販売しています。
会期中は、本店の方もとりわけにぎわっていました。私は、数年前に拙著『世界の夢の本屋さん2』(エクスナレッジ)の取材で来て以来です。今度は、ロンドンで留守番中の娘のためにおみやげを探すという(さらに?)重要なミッションを携えて、店をじっくりと見て回ります。
1時間ほど、イタリア内外の絵本を立ち読みしたのちに連れて帰ることにした中で、とりわけ逸品といえる一冊は、ブルーノ・ムナーリの仕掛け絵本『Nella Notte Buia(まっくらなよるに)』の復刻版です。黒いページの夜と暗闇、白く透けるページの昼間が交互に現れ、大人が見ても素敵なデザインで、神秘的なポエジーに満ちた作品です。
ムナーリはデザイナーとして活躍していましたが、自分の息子のために制作したさまざまな仕掛け絵本があり、創成期のボローニャ絵本原画展にも参加しました。日本では近年、谷川俊太郎訳でいくつか出版されていますが、この本は初めて見ました。イタリアでも昨年復刻版が出たばかりのようです。
本屋さんで買ったブックトートに掘り出し物の本を詰めて、スーツケースとともに携えてボローニャ空港へ。見本市最終日のロンドン・ヒースロー空港行きのフライトは、ミーティングで会った出版社の版権担当者や、人気絵本作家さんら(日本でも翻訳が出ている売れっ子ユヴァル・ゾマー氏もエコノミークラスで移動)、ブックフェアを終えて帰国するイギリスの出版関係者たちの姿が多く見られて、まるで遠足帰りのバスのようでした。
ロンドンに戻ると深夜。2歳の娘はパジャマ姿でがんばって起きて待っていて、いきなり「おくりものはどこ」と言います。待ってましたとばかりムナーリの絵本を差し出すと、最初から最後までめくって「これよんでからねる」。即席でイタリア語から日本語に訳しつつ読むとすっかり気に入り、親子の読書タイムのレパートリーが増えました。
さて、2週間ほど経ち、ロンドン・ブックフェア期間中の自宅に、ヴェネチアから小包が届きました。中身はマヌエーラの手作り絵本に加えて、絵本のキャラクターのぬいぐるみ。娘は「これは何だろう」と今お得意のフレーズを言った後、じっと考えて「木(き)さん」と名付けていました。そして絵本については、「これもイタリア語の本だよ」と言うと、「今度アンナ先生に読んでもらう」とのことでした。娘の幼稚園の担任、アンナ先生は偶然ながらイタリア人です。家に遊びに来た折に見せると、「子どもたちにイタリア語の響きを教えてあげるのに役立つわ」とのことで、さっそく幼稚園に持って行き、読書コーナーの蔵書となりました。
そんなわけで、ボローニャ・ブックフェアでは、さまざまな本や人との出会いがあったうえに、子どもの純粋な目線を通して「本」の楽しさを実感する機会になりました。おいしいイタリア料理とともに、みんなに自慢したくなるようなエピソードが満載でした。
私もこれからは、「ブックフェアなら、ボローニャが一番楽しいですよ」と、いろいろな人に言うことでしょう。