――選書リストに選ばれた本は、この展覧会という以上に、目の作品のあり方と似た部分のある3冊ということですね。その紹介の際に出てきた「視点を変える」という話は、展覧会のタイトルにある「わからない」状況を作り出すためなのかと思いますし、導線についての話でも「あやふや」という言葉が出てきました。それらの言葉は、今回の展覧会に限らず目の作品の根底にあるように思います。
荒神:そうですね。昔、自閉症の方と目で、一緒に作品を制作した経験があって。自閉症の方の行為って一見すると不可解なんですね。ずっと駅のホームで飛んでいたり、爪と指の間をじっと見つめられたりとか。それを不可解で理解できないものとして見る人は少なくないと思うんですが、私は何かすごく共感するものがあって。本人たちからはなかなかお話を聞き出せないこともあり、保護者の方々が集まってくださったことがあるんです。それで、お話をさせてもらえて。保護者の方も、最初はとまどわれたみたいなんですね。「うちの子は、なぜこんなに不可解な動きをしているんだろう?」って。でも、あるときに「わからなさ」というものを受け入れた瞬間があって、そこからそれがすごい愛おしい行為に思えてきて、「これは宇宙がそうさせているんじゃないか? 人間の常識を越えた宇宙のようなものが、この子にそういう行為をさせているんじゃないか?」というふうに思えたという話をしてくださったんです。
「わからない」ということを受け入れる力をネガティブ・ケイパビリティという言葉で表すんですね。詩人のジョン・キーツが生み出した概念なんですが。わからないままその場に身をおいて、わからないまま、わからないものを受け入れる。そのような能力って、現在はあまり重要視されてないと思って。本当はみんな、そのような能力が大切だとわかっていると思うんですが、そういったところに踏み込めずにいるという。わかるもののほうについ手を出してしまう。わかるものを評価して持ち上げることで、わからないものの大切さを見えないようにしてしまっているんじゃないかな、と。そんな世界の中で、わからないものの中に身を置くっていうことを自分たちは潜在的に大事だと思っていたんですが、そのことを改めて気付かされたという経験で、その気付きは自分たちの制作の中で大切にしています。
――すごくいい話ですね。
南川:わからなさ、という話で続けると、僕らって突き詰めていくと、丸い地球という球体の上にポンっと置かれているだけですよね。「その状況って何?」と聞かれて答えられる人ってきっといないですよね。永遠に解決されないことだと思うんです。その中で荒神は昔から「球体の上に皆がいるということはなんなのか?」に答えようとしていたんですよ。そのようなことをしている人はあまりいないように思いましたし、それに答えようとする挑戦が自分たちにとっての制作であり、究極の興味ですね。
――それが解明できたら湯川博士のようにノーベル賞を受賞できると思いますよ(笑)。南川さんが、その挑戦を荒神さんと行っていこうと考えられたのはどうしてですか?
南川:僕と増井はもともとwah document(ワウ ドキュメント)というグループで活動していたんです。ただそのとき、先ほど言ったようなプリミティブな疑問というものは持っていなかった。というより、持っていないよね?ということを前提に、割り切って作品制作を行っていたんです。作家にオリジナルな主体性なんてあるわけがなくて、みんなポスト(モダン)のゲームの中で何かをやっているだけ。だったら、アイデアをアートとは関係のない人から集めて作品を作ってもアートになるんじゃない?みたいなノリだったんですね。根源的な興味なんてない前提というか。日本で生まれてアートの実感なんてあるわけない、そもそもアートって英語じゃんみたいな(笑)。
アートの実感なんてどこにもないから探すしかないという活動をしていたのに、荒神と出会ってしまって。「地球の上にポン」を言ってきて。「うあ、あるやん!」って。
――衝撃的な出会いだったんですね。
南川:結局僕らはアートサーキットの中のやった、やられたに加担していただけだった。そうではなくて、人間として何かに深く興味を持って、動かしていくということをやりたい、と。それがアートであるかどうか以上に、なんと言うか生きてる以上そういうことがしたいと思ったんです。
僕らはおそらくアートの文脈を意識して作品を作っていたんですが、荒神は全く逆で。アートでしかないということを文脈を無理に意識せずに、制作していて。中学生の頃に、日本で初めての現代美術を専門に扱う公立美術館である広島市現代美術館を訪れ、そこで自分の興味と重なって、そのまま真っ直ぐにアートをやっていたんです。それが衝撃で。増井とも何度か飲みながら話して「俺たちは偽物のアーティストかも」と薄々気づきはじめ……(笑)。そこから自分たちにできることは何かを考え直して、僕はディレクションの能力はあるけど、荒神のような根源的な関心みたいなものがないということを受け入れました。辛かったけど。そのうえで、いい作品ができることを一番に考えようと思って。そうしたら、誰がアーティストかが問題ではなくなった。それで荒神に声をかけたんですけど、全然「うん」と言わないんです。2年ぐらいかかりましたね。こっちはもう割り切っているのに(笑)。
荒神:ミナケン(南川)たちが、勝手に割り切っただけだから(笑)。私はwahの活動が好きでけっこう見ていて、周りの人たちもこのままやっていくと思ってたんです。何よりもチームクリエイションの力がすごくて、これからどんどん大きくなっていくと思っていました。だから急に「一緒にやろう」って言われたときに「なんで?」って、「今のままでいいじゃん」と思って。
でも、そのとき私は、ひとりでこつこつ積み上げるような作品を作っていたので、反面ふたりがうらやましくって。コミュニケーションを重ねて、人と一緒にやっていくというのはいいな、と。でも一緒にやっていけるのかな?という不安もあって。自分のスタイルとふたりのスタイルは全然違ってましたし。最初はそういう不安もあって。あとけっこうガツガツしていて、恐かったっていう(笑)。
南川:「ミナケンは、自分が思っているよりも何十倍も怪しいんだよ」って荒神がよく言ってきます(笑)。
一同:(笑)。
荒神:その2年間の間にwahの手伝いなどによく行っていて、だんだん本当は怪しくないことがわかってきて(笑)。本当に、誠実に作品を作っていたんです。
あと、自分自身もひとりでやっていくことに限界を感じ始めてもいて。発想や実現したいものはあるんですけど、ひとりの力では、なかなか追いつけない。自分のスタイルで続けてもいろいろと難しいことがわかってきて。展覧会にお声がけいただくときも、呼んでくださったことはとても嬉しいんですけど、同じ作品を何回も作って出すような状況になってきてしまい、そのことに疑問を感じていたんです。そんな状況になってしまっていたときに東日本大震災が起こったんです。それでwahが被災地でアート活動をやるというので、ついて行って。被災地で私の中に、何もなくなったときに自分は何がしたいのか?という問いが生まれて。その問いと向き合った際に、今ひとりでやっているような作品をずっと作っていくのでは、間に合わないし、私のやりたいことはそうじゃないと思ったんです。ふたりと一緒でも、時間が足りないかもしれないし、行きたい地点に届くかもわからない。でも、これだけ多くの人を巻き込んで作品を実現させる情熱のある彼らと組むことができたら、一緒に面白いことを世の中に起こせるという確信が持てたんです。それで「一緒にやらせてください」と返答をして。
――南川さん、荒神さんにうなずいてもらえてどう思ったんですか?
南川:そりゃそうやろって思いましたよ(笑)。気付くのおっそーって(笑)。
――(笑)。素朴な質問なのですが、美術史などの外部に根拠を置くことって、ある種の安心を生むと思うんですね。それが制作に根拠を与えてくれるはずなので。お話を聞いていると荒神さんは、外的な根拠を意識していないようですが、基準が外にないことに不安を感じることはないんですか?
荒神:むしろ私は文脈にもとづいて作品を作るほうが怖くって。そこに私の実感がないから。外部にある文脈よりも内的な実感のほうが私にとってはゆるぎないもので。それを人間にとっての価値と言えるものまで高めていきたい。誰かが決めた価値だとすぐに揺らいでしまうけど、人間にとって揺るぎない価値であれば、誰にとっても価値があるものにできると思うし、そういうものを生み出すためにアクションをしていきたいんです。
――なるほど。ちなみに目は、荒神さんはアーティスト、南川さんはディレクター、増井さんはインストーラーという肩書で活動されています。それぞれどのような役割で動かれているのでしょうか?
南川:荒神が0から1にするコンセプトを作り、僕がそれを制作スタッフなどに伝えられるようにプランに落とし込む。そして増井が実際の制作を統括していくようなかたちです。
アーティストが集まると、誰がゴールを決めるのか?って心理が働くんですね。wahのときは増井といがみ合っているような状況になってしまって。ラーメン屋でそれをお互いに告白し、涙を流すようなことさえあったり(笑)。
それで先程も言ったんですが、いい作品を作ることが一番重要だと思うんです。誰がゴールを決めるかよりも。僕はディレクター、増井はインストーラーとして活動していますけど、アート業界の中で、アーティスト以外での制作面の関わり方が増えたほうがいいと考えていて。今ってみんながアーティストを目指してそのことによってドロップアウトしてしまう人が多いと思うんです。それって関わり方の幅が狭いからなんじゃないかと。
作品を0から1を発想したアーティストが一番偉いわけではないと思うんです。その発想を実際に形にするクリエイティビティがあって初めて作品が生まれるので。アーティストだけでなく、ディレクターやインストーラー、コーディネーターでも多角的に活躍し、有名になる人が出てきたらアート業界はもっといい環境になるんじゃないかと思っています。
――千葉市美術館での『目 非常にはっきりとわからない』は2019年12月28日まで続き、さまざまな関連企画が行われます。多くの方にこの作品を経験してほしいと思いますし、関連企画にもぜひ参加してもらいたいです。そこから少し離れ、最後に2020年以降のプロジェクトのことを教えていただいてもいいですか?
南川:『まさゆめ』という、巨大な「誰か」の顔を東京の風景の中に浮かべる企画が、現在進行しています。荒神が中学生の頃に見た夢を土台にした作品です。個と公、プライベートとパブリックみたいなものがテーマになっていて。プライベート=実在する「誰か」という究極に個的なものを、パブリック=現実の都市の中で風景として見せるというのがコンセプトです。顔を浮かべるという部分も、中学生の頃の荒神、ひとりの女の子の夢という超個人的な経験がベースになっていますし、それを東京都という大きな、そしてオリンピックという超パブリックなイベントが行われる都市でやるという作品になっています。
――『まさゆめ』は、『Tokyo Tokyo FESTIVAL 企画公募』のひとつで、国籍、性別、年齢を問わず世界中から顔を募集し、選ばれた「誰か」の顔を、2020年の東京の空に浮かべるプロジェクトです。これは2014年に宇都宮美術館の館外プロジェクトとして行われた『おじさんの顔が空に浮かぶ日』をブラッシュアップしたものという認識でいいのでしょうか?
南川:そうです。新たな作品だとは思っていますが、宇都宮の『おじさんの顔が空に浮かぶ日』でも、個と公の関係というテーマはありました。でも、コンセプト自体を現場で作っていくような、手探りをしているフェイズで。そのときから、もっとパブリックな場所で、よりブラッシュアップしたかたちでこの作品を実現させたいとは思っていたんです。あと、宇都宮では荒神の夢に出てきた人がおじさんっぽかったということだったので、おじさん限定にしていて。
荒神:聞かれるとおじさんだったかもなあ、って感じで、はっきりとは覚えてないんですけどね(笑)。
――宇都宮ではおじさんの顔というしばりがあることによって選択の基準が作れたのかな?と思います。今回は年齢も性別も国籍も関係なく、顔を集められていましたね(募集は2019年6月30日に終了)。しばりを設けなかった理由は?
南川:うーんと、そうですね……そのほうが面白いじゃないですか(笑)。
――(笑)。でも、決めるのは大変ですよね?
南川:そうなんですよ。結果的に1400以上の応募があったので。
荒神:でも、6月に顔の専門家の方々と顔会議というのをやって、いくつかのキーワードが浮かび上がってきたんです。今はそれをもとにブラッシュアップしている最中です。
* * *
『目 非常にはっきりとわからない』
開催期間:2019年11月2日(土)~12月28日(日)
開館時間:10:00~18:00(火~木、日) / 10:00~20:00(金、土)
※入場受付は閉館の30分前まで
休室日:11月5日(火)、11日(月)、18日(月)、25日(月)、12月2日(月)、9日(月)、16日(月)、23日(月)
※11月5日、12月2日は全館休館
会場:千葉市美術館
入場料:一般1200円(960円)、大学生700円(560円)、小学生・中学生・高校生無料
※( )は前売り、団体20名以上、市内在住65歳以上の方の料金
※金曜日、土曜日の19:00以降は大学生無料、一般600円
※期間中、本人は何度でも展覧会へ入場可能(ナイトミュージアム割引、ぐるっとパスを除く)
公式サイト:http://www.ccma-net.jp/
2019年11月14日
取材・構成:フィルムアート社編集部