「UFOが出たんです!」
私の家にやってくるなり、しおりちゃんは息せき切ってそういった。波子もいっしょにきていて、私は副流煙のことを考えてふたりを置いてベランダに出て煙草を吸っていた。窓越しにしおりちゃんの声がぼやけて聞こえた。波子がばんばん叩いて手の痕が窓にいくつもつく。で? と私は声に出さずに顔の傾きで示す。
「で? って、UFOが出たんですよ調査しにいきましょうよ~」
としおりちゃんはいう。なぜだか私のことを慕っていて、しおりちゃんと波子と私はここ最近、探偵団のようになっている。
「まるみさんと波ちゃんとわたし歳が離れてて最高じゃないですか」としおりちゃんはいって、「じゃないですかあああ?」と波子がまねた。気持ちはわかる。すごくわかる。私は、四十歳が近づいてきていままでになかったあきらめの気持ち、まるで人生のことを少し理解しているかのようになんらかの優越感込みのあきらめの「仕方ない」っていう気持ちが増えてきた。だから私は今回も調査に誘われてとてもうれしい。その前は町の猫の捜索だった。その過程でしおりちゃんはれいんがゲームセンターにいるのを見つけた。しおりちゃんはれいんにデートの予定をキャンセルされたからその日、猫捜索をすることにしたのに。
しおりちゃんはれいんと別れてからも私とつるんだ。なんで? と聞くと、「え当たり前じゃないですか」といった。そうだ、昔の私もそんなことをいったはずだ。
UFOは波子の家に出た。みさきちゃんは家にいて、私たちが調査をはじめるのをまるで気にせずに自分の在宅仕事に没頭していた。
「坂本さんにUFOが出るんだよ!」
波子がうれしそうにいう。
坂本さんというのは、壁に飾られた絵のなかに出てくるひとのことだ。その絵は壁に飾ってあって、四角い枠のなかにひとの瞳だけが描かれている。
「どうして絵ってぜんぶ四角のなかに描かれるんだろう」
私はぜんぜん関係のないことをいった。
それへの返事はなしに、波子は坂本さんのことを話す。坂本さんは、瞳の絵のなかにいるひとだ。いつもなにか飲み物を飲んでいる。その湯気の向こう側で、坂本さんは笑ったり怒ったりしている。坂本さんにも目があって、飲み物がさめて湯気が消えたとき、瞳のなかになにかが映っているのが見える。
「波、この前ずーーーーーっと坂本さんとにらめっこした。いっせん時間!」
波子は、自分のことを波という。
「そしたらねいっせん時間目にね目の左上のとこにちっちゃいのとんできてぴかーって光ったの。ピカピカ。ママとしおりちゃんに話したらそれUFOだよ~っていうの」
「ああそれはUFOだね。悪いことしたら波子つれさられちゃうよ」
私は、そういうしかなかった。
だって、私が見ている坂本さんの目のなかで、白い小さな虫のようなものが動いている。だめだ、と私は念じた。これを認めると、存在してしまう。私はなんとか、私自身の瞳をぐーっと裏返して白目を剥いた。波子が白目に爆笑している。まだ、この子はUFOに気づいていないのかな。でもそれも時間の問題だ。あっちはこちらを見つけている。私は白目で真っ暗になった視界が、いつ通常に戻るのかを恐れている。そうなったとき、それが起こる。光に包まれながら、死ぬとき、このことを思い出すのだとわかる。