愛ちゃんの食の好みが変わった。むかしはポテトチップスばかりたべていた。だからわたしたちは愛ちゃんの家の前にポテトチップスばかり置いていた。お供えみたいにして。愛ちゃんはいま大学生。
「波子ちゃん知ってる? 時代はさあ、腸なんだよね」
そういってくる。
愛ちゃんが最近なかよくしている幽霊が腸活にハマっていた。
ときどき、むかし住んでいた団地を訪ねる。愛ちゃんに会いにいく。
愛ちゃんはテーブルを埋め尽くすほどヨーグルトを並べる。すると端から順番にドミノを倒すようにフタがひとりでに開いていく。
愛ちゃんの家に住む幽霊たちがヨーグルトのフタを開けているのだった。
何度見てもこわい。
「こわい~」
とわたしはいう。
正直でいることが大事だ。
愛ちゃんが笑う。幽霊たちの笑い声が聞こえてくる。砂が壁を這うような音。
わたしも笑う。
わたしたちみんな、なにが正解かずっとわからない。わたしは、せめて正直でいることが幽霊たちへの尊重になると思っている?
でも、こわいという感情がバリアみたいになってわたしに幽霊をちゃんとひとりひとりとして見させない。そのことを愛ちゃんも幽霊たちもわかっていて、せめて笑ってはぐらかそうとしてくれている?
なんにもわかんないなあ。
愛ちゃんも、幽霊の気持ちとかはわからない。
いっていることがわかるだけ。そこから幽霊たちひとりひとりの気持ちを推測するしかない。推測するということは、それはもうぜんぶ愛ちゃんの気持ちであるということ。それを言葉や行動にして、ひとりひとりの気持ちと擦り合わせたり距離を調節していくしかない。
果てがないなあ、なにになっても、どこにいっても、生きてても死んでても、とわたしがもやもやしていると、頬になにかつめたいものがあたった。
ヨーグルトだ。
幽霊のひとりがたべさせようとしてくれているっぽい。
わたしはヨーグルトをたべた。
「あ、おいしい。腸なの、わかるわあ~」
わたしは笑っていた。
もやもやしていてもおいしいものはおいしい。考え事をしている瞬間は、考えているその言葉しか発生していない。それはなにか心の偏りを生んだりするのだろう。でもまあ、おいしいものはおいしいし、愛ちゃんが笑っていて、ヨーグルトがなんかそういう白い隕石みたいに大量に浮いているのはおもしろかった。