道の先になにか光るものが落ちていた。田んぼに挟まれた一本道。風が吹くと、この世のものじゃないみたいにきれいに黄色く染まった無数の稲穂がどこかに誘うように一斉に揺れる。それに合わせてくるみの髪の毛もなびく。軽く手で押さえても髪の毛は動きやまずにどこかへ逃げ出していくみたいだった。一本道はせいぜい二○○メートルほどの長さだ。突き当たりを曲がると商店街の方に続いている。埃まみれのガラスケースのなかにエビフライやかき揚げを陳列している揚げ物屋さんがなぜか三軒もあって、油のにおいのなかに、さらにドーナツ屋さんの油と甘いにおいが天井の高いアーケードを吹き抜けて鼻をくすぐっていくところをくるみは一本道を歩きながら想像した。せいぜい二○○メートルなのに、いつもそれ以上長く体感する。向こうに見えている突き当たりのガードレールの白さは一向に大きくならず、果てのない地平線に自分は迷い込んでしまったのではないかな。くるみが動くのに合わせ、風景が逆戻りしているようだった。それなのでどちらも立ち止まっているみたいだ。くるみはどうしても商店街にいきたかった。商店街ではいま大規模な写真展が行われていて、遠い遠いとてつもなく遠いところから有名な写真家がやってきて滞在し、各店舗の店主さんの写真を撮ったのだが、それらは何メートルもの大きさに拡大されてアーケードから吊り下げられているのだ。何メートルもの大きさのひとをくるみは見たことがなかったから、見て弟に自慢してやりたい。でも、このまま辿り着けなくてもいい気もする。楽しみにしているなにかを達成するのが少しこわいような気持ちがくるみにはずっとあった。些細な変化でくるみの体は強張ってしまうので本当は季節にも変わらないままでいてほしかった。と、視界の一部分がそこだけ抉り取られるように白くちかちかした。光るものが近くに迫っていた。道路の上にその身を横たえていて、なにか自分の知らない動物かな、とくるみは思ったが、もっと近づくとそれは歯だった。上下にきれいな曲線を描いて一本ずつカチカチカチカチカチカチカチカチカチと並んでいる入れ歯。ひとつ、ふたつ、みっつ。入れ歯はその先にも点々と落ちていた。「歯は、むきだしの骨」隣の区画に住む知らない女の子にふれあい交流会のときに突然そういわれた。「知ってるし」とくるみは本当は、ほんまや! とびっくりしたのだがクールに返した。区画ごとの情報の共有をセンターの管理ではなくてたまには生でやってみようという会で、それになんの意味があるのかくるみにはわからなかったのだが、確かに歯がむきだしの骨であることなんて管理センターにははじかれてしまいそうだ。太陽が落ちてきて夕陽になり、稲穂がますますかがやいてくるみはおそろしい気分になってきた。急がないと陽が沈むと商店街は閉まるし他のどこも閉まってしまう。おなかが空いた。走ろう、と思ったが、もう少しだけここにいたかった。入れ歯がきれいだった。しゃがみ込んだくるみは、むきだしの骨、と思いながら自分の歯を触り、もう一方の手で入れ歯に触れた。
この格好はなんか、かっこええんとちゃう?
くるみはそう思って、もう夕陽も沈んでぎらつく星が頭の真上に登っても、だれか通りかかって私を写真に撮ってくれへんかな、と待っていたかった。