知らない人から知らない論理で恨まれたときどうしたらいいのかわからない。
いつからか怖い出来事に直面すると心は冷えてるのに体があたたかくなるようになった。体から力が抜けてそうなるのだ。寝る直前みたいにぼーっとして恐怖も怒りもうまく働かない。悔しい、という気持ちを体の底の方で失くしてしまわないように繰り返し思う。失くしてしまわないことが目的で、いったい俺はなにをしているんだろう。ときどき頭のてっぺんが痛んだ。これが続いて、ふとした拍子にごっそり髪の毛が抜けたりするんだって、他人事みたいに想像してしまう。
商店街で写真展が開かれていてアーケードの天井から巨大な写真が吊り下げられている。お店の店主さんたちが映っているのを見上げているとペッペッペッ、と音がやってきて右肩に下げているトートバッグをひったくられた。音は走り去っていって俺は、なにも考えられなかった。ショックだけが体のなかに言葉にならないまま溜まっていて、追いかけようと足を踏み出すよりも先にそれは涙に変わった。商店街の人たちもなにが起きたのか咄嗟にはわからなかったらしく、しゃがみ込んだ俺を見てああそうか、と因果を結ぶみたいにぽつぽつとやさしい人たちは近寄ってきてだいじょうぶか、と聞いてくれた。俺だってそうだ。言葉をかけられてやっとだいじょうぶじゃないことが起きたんだな、とわかった。その時点では、ひったくり犯への恨みはわかなかった。俺と同じくらいの背と服装をした男。後ろからやってきて俺のトートバッグを持って去っていった。偶然なんだ、と俺は思った。たまたま俺がひったくられたのと同じように男もたまたま俺のかばんをひったくった。そんな風に俯瞰して俺は俺を守っていたんだろう。警察いかなきゃ、と不思議なくらい冷静に思うことができて、俺はひったくりを災難として割り切って傷にはせず明日からもやっていけそうだった。でも商店街を抜けて交番がある方へと歩いている途中、橋の上には俺ひとりなのに川の音に紛れて言葉が聞こえた。
地獄には落ちた?
は? と思った瞬間につらさがやってきて、なにかが確定した。その言葉が聞こえたせいで、繋がりができた。ひったくりも意味を持った。俺には理解できない論理が俺にまとわりついているようだった。たまたま、なんて思いは消えた。それどころか俺は知らない人たちから恨まれてるんだ。そう思えて仕方がなかった。警察にはいかず、河原に下りた。道路はあぶない。轢かれてしまうし、橋の上も落ちてしまうと思った。なにかに背中を押されるのだと。でもそう予測したことに感慨はなく、ただの可能性として考えているだけ、みたいだった。実感がなかった。体に力が入らない。それは俺から俺自身が抜け出すようで、いやだな、と思った俺は飽きるまで、河原の石を握った。何時間もこうしていると、俺は石のかたちや握り心地に集中して、石が俺を慰めてくれる。想像したその光景に追いつくみたいに速く速く、爪が欠けても構わず握った石はどれもあたたかい気がして、のめり込んだ。