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2022.02.04

第7回:ダンス、ウィルス、TikTok
──身体運用の増殖戦略

踊るのは新しい体 / 太田充胤

インターネットとコピーダンス

 TikTokは、2016年に中国のByteDance社がリリースした、短い動画向けの動画共有プラットフォームである。ByteDanceの社名が示唆するとおり、典型的には10代を中心とした若者のダンスやリップシンクのような動画、それもYouTubeで視聴するような長尺の作品ではなく、短い動画に限定することで流行した。リリースからわずか数年、瞬く間に世界中でシェアを拡大し、すでに米国ではYouTubeの利用時間を上回っているという。
 いうまでもなく、まず立てるべき問いはこうだ。彼女たちは、いったいどうして踊っているのだろう。しかし続けざまにこうも問いたくなる。踊っているときに彼女たちが立っているのは、人間圏の内側だろうか、外側だろうか。

 インターネットと人間のダンスの関係について、私が理解できている範囲でその系譜をたどることが許されるならば、重要な参照点としてここまでにもしばしば話題にしてきた「踊ってみた」がある。
 かつて、動画共有サイトの黎明期には、そこになにをどのように投稿してもよい状態が存在した。それがたくさん再生されてもよいし、誰にも再生されなくてもよい。誰かの役に立ってもいいし、立たなくてもいい。強いメッセージを持っていてもよいし、ナンセンスでもよい。そうやって有象無象の動画が投稿されるなかで、やがてひとつのカテゴリとして成立したのは、投稿者であるユーザーがなにかを「やってみた」という様式のコンテンツだった。それは文字通り、ユーザー自身がやったことのないこと、あるいはいまだかつて誰もやったことのないこと、を試みにやってみることを指していた。つまるところ、本来はある種の実験場だったのである。そして「踊ってみた」とは、この「やってみた」のサブジャンルであった。
 記録をさかのぼれば、「踊ってみた」のタグがつけられた現存する最古の動画は「ロックマン 2ワイリー ステージ おっくせんまん!女声(正式)」(2007)[2]というものだ。90年代のビデオゲーム「ロックマン」シリーズのBGMにあわせて、戦隊もののヒーローに扮したユーザーが肢体を振り乱す。コミカルでナンセンスなダンスはおそらく既存の振付のコピーではなく、もしかしたら即興であったかもしれない。動画のIDはまだ3桁。ニコニコ動画のβ版リリースが2006年だから、まさしく黎明期の動画である。
 当時伸びていた「踊ってみた」はこういう動画ばかりだった。なかでもとりわけよく伸びた動画に「凄い勢いで踊るドアラ」(2007)[3]というのがある。中日ドラゴンズのマスコットキャラクターであるドアラの着ぐるみが、チアリーダーの集団に混ざってステージに立っている。チアリーダーが定型的な振付をそろって踊るなか、ドアラだけがそれを裏切ってコミカルな即興を繰り広げる。先の「おっくせんまん!」と同様、一種の道化ものである。
 ダンスに興味があろうがなかろうが、当時のユーザーなら誰もが一度は見たに違いない。ダンス作品として鑑賞されたというよりは、一種のコメディとして、あるいはカテゴライズしづらい未知の表象として、広く消費されたと考えるほうが正しいように思われる。ここでは「踊ってみた」という呼称がもつ立場の曖昧さや、実験的なニュアンスが、動画の内容に正しく反映されている。

 これが現在のようなコピーダンスの形式となった契機のひとつは、アニメであった。
 「踊ってみた」カテゴリでドアラの次に100万再生を達成したのは「【汚部屋☆47】ハレ晴レユカイを踊れるから踊ってみた」(2007)[4]という動画だ。「ハレ晴れユカイ」とは『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006)のエンディングテーマで、これにあわせて登場人物が一連の振付を踊るアニメーションは、その完成度の高さから当時の視聴者に衝撃を与えた。問題の動画は、投稿者である一人の女性がその振付をコピーして踊ってみたという、いってみればただそれだけの話なのだが、それが当時としては実験的な試みであったことは「踊れるから踊ってみた」の文言からも読み取れる。
 ただしこの実験ばかりは、彼女一人の問題では終わらなかった。それはおそらくは彼女自身の予想を大きく超えて成功し、その後の動画メディアの運命をすっかり決めてしまったからである。
 重要なのは、原作のアニメで踊っているキャラクターがまるで振付をコピーしてくれと言わんばかりに、常にカメラに向かって正対している点である。必然的に、それをまんまとコピーした問題の動画も、オリジナルと同様に正面視の構図をとっている。コピーする側にとってもされる側にとっても都合のよいこの構図はこの動画の流行を境に定番化し、「踊ってみた」自体もコピーダンス・定点カメラ・正面視・ワンカットというフォーマットへとおおむね画一化されていった。ニコニコ動画サービス開始から、わずか1年足らずのことである。
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