断片化されたウィルス
そもそも身体芸術やダンスが「流通する」とはどういうことだろう。
我々は先ほど何気なく、映像に納められた作品がインターネット上で流通する方法をイメージした。ダンスが踊られた状態で、作品やパフォーマンスというかたちで流通する。体と振付とが、あるいは肉と魂とが、常にひとそろいのパッケージとなって流通する。カンパニーが全国の劇場を巡回する場合も、後から記録映像が公開される場合も、この点において本質的には同じことだ。
しかしながら、ここまで我々が散々みてきたやり方はこれではない。肉と魂とは別々に考えることができる。まず振付があり、人形が、機械が、肉体が、それを再生することによって身体芸術が完成する。ここで肉とはつまり、エンドユーザーの手元に置かれた一種の再生端末である。完成した複製品が十全に価値を発揮するかどうかは、ひとつには再生端末の性能に依存し、もうひとつは魂の精度に依存する。
一見突拍子もない話のようだが、なんら新しい話ではない。ダンスはずっと昔からそういう構造をとってきた。振付にとって、ダンサーは常に交換可能だ。ただし、その振付が正しく伝授される限りにおいて。それを踊るダンサーが十分に訓練され、振付に含まれるボキャブラリーを習得している限りにおいて。これら二つのハードルの高さゆえ、結局のところ肉と魂は不可分であり、ダンスは基本的に現場主義から逃れられずにいたわけだ。
先の平面という形式の意義は、これら流通の二様式にわけて考えてみることができるかもしれない。振付が平面を前提に作られていることは、それがインターネットで流通可能な映像のかたちになってもなお、作品の価値が損われないことを意味している。他方、価値を損なわない流通が同時に担保するのは、振付の伝達可能性である。作品の鑑賞、振付の伝達、二様式の流通を一度に成立させる方法が、つまりは平面のためのダンスなのである。
と、そうはいってみたものの、これは言うほど簡単なことではない。実際のところ「SILENT CRIES」の映像を見ただけのユーザーが、サビーネと同じ振付を踊れるようになるとは考えにくい。
しかし、たとえばこれがより簡単な振付であったら、あるいはより短い振付であったらどうだろうか。
またしても私が想像するのは、昔聞いたコンピュータウィルスの話である。アプリケーションやUSBメモリのような、コンピュータのなかに侵入しうるあらゆるものに、少しずつウィルスの断片を忍ばせておく。断片化されウィルスは単独ではなんの機能ももたない文字列に過ぎず、ウィルス対策ソフトの検閲に引っ掛かることもない。気がつかぬ間に侵入した断片たちが時間をかけて蓄積し、すべての断片がひとつのコンピュータにそろったとき、ウィルスは初めて起動して猛威を振るう。
もう一度、サビーネの動きを、今度は短く分解して見てみよう。0分52秒;脚を大きく開いて直立する。0分55秒;右脚に体重をかけて沈み込む。0分58秒;右手でワイパーのようにアクリル板を左方向へ拭いながら、上半身は踏み込んだ右脚のほうへ傾け、右腕をぴんと張る。1分02秒;右手を固定したまま上半身をワイパーのように起こし、体重を左脚に移していく。1分05秒;踏み込んだ左脚のほうへ上半身を傾ける。1分07秒;力強く沈んだ上半身から、宙に浮いた右手をそっと右側に伸ばす。
このわずか15秒の振付だけが、スワイプしてもスワイプしても画面のなかで再生されていたらどうだろう。それを見たユーザーの体にいったい何が起こるか、答えはもう言うまでもあるまい。一週間後、今度は次の15秒が流れてくる。気が遠くなるような時間をかけてではあるが、最終的には多くのユーザーが、一連の振付を手元で組み立てて踊れるようになっているかもしれない。もっともそれらは細部において、ユーザーごとにローカルな変異を有してもいるだろうが。
[1]ライプニッツ「生命の原理と形成的自然についての考察」佐々木能章訳、『ライプニッツ著作集9 後期哲学』西谷裕作・米山優・佐々木能章訳、工作舎、1989年、41頁
[2]https://www.nicovideo.jp/watch/sm902
[3]https://www.nicovideo.jp/watch/sm1489303
[4]https://www.nicovideo.jp/watch/sm1709519
[5]「菅尾:おかげさまで『チカ千花っ』は中国のかわいい子たちに踊りまくっていただいて(笑)」(「クリウィムバアニーはハプニングを求める。歩み寄らない創作方法」CINRA) https://www.cinra.net/article/interview-201906-crewimburnny
[6]https://www.numeridanse.tv/videotheque-danse/silent-cries
(第7回・了)
次回2022年3月11日(金)掲載