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2022.05.24

第13回:小ささを大切に

本屋な生活、その周辺 / 高橋和也

  • 2013年、東京・学芸大学の賑やかな商店街を通りすぎた先、住宅街にぽつんと、SUNNY BOY BOOKSは誕生しました。店主の高橋和也さんとフィルムアート社のおつきあいが始まったのはとても最近なのですが、ちょうど『ヒロインズ』を売りまくっていたり(250冊以上!)、企画展「想像からはじめる――Solidarity-連帯-연대――」が全国の書店を巻き込んだ大きなうねりとなって巡回されたり、すごいことを淡々と当たり前のようにやっていらっしゃる時期で、個人書店の底力というか、小さいゆえの機動力とか社会的な意義というか、改めて実感したのを覚えています。

以前のインタビューで「東京だからやっていける」とおっしゃっていた高橋さんですが、世の中の状況も変わり、決して楽観的ではないけれど、東京はもちろん地方でも本屋を始められる方がとても増えました。背景には、どこで買っても同じはずの本なのに、「大好きなお店を応援したいからここで買おう」と思う読者がすごく増えたことが大きいと感じます。SUNNYも特にコロナ禍初期に休業された際、心が折れそうなとき、お客さまからたくさんの激励を受け取って気持ちを保てたとのこと。だからこそ2021年2月に家族で沖縄に移住されることになっても、続ける意志が繋がれたのだと思います。

沖縄移住をすっぱり決断されたことといい、子供さんが生まれてからはより「生活」を大事にされる気持ちが強まったようにも感じます。ブレない軸を持ちつつも自然な流れに身を任せてきた高橋さんが、現実をどう受け入れ、これからどうなっていくんだろう、見守りたい方はたくさんいらっしゃると思います。高橋さんの考えややりたいことが少しずつ整理できるような連載になればいいなと思います。

物事が動き出すとそのことを自分が主体となってやっているのか、勢いよく流れ出した時間の速さにただ流されているだけなのか正直よくわからなくなっていくことがあります。お店をはじめるとは、そんな流れのなかに身を委ねているような、はたまた生まれたばかりの赤子と対峙し命がけの攻防を繰り広げているような大小様々な予期せぬことの連続です。目の前の出来事をこなしていくだけでいっぱいいっぱいな必死さばかりで、ふと自分の心や周りの世界へ気を配る余裕がなくなっていることに気づきます。今までも仕事や家のことで幾度とそんな状況はありましたが、いつも気づくのが遅くお店でちょっとした事件が起きたり、連れが爆発したりしてから自分の閉じきった心に目がいくという有り様でした。この3週間も、過ぎる時間の速度は増して段々と手が回らなくなっています(この原稿も今までにないくらいギリギリのなかで書いています…)。でも今回は自分の心が狭くなっている様子とともに、まだ心を見つめられている実感があります。なぜなのか、今までの反省が多少なり活きているというのもあると思いますが、その上でも本を読み、こうして自分のことを書くという時間が現状確保できていることが大きいように思います。ちょうど最近手にした『心はどこへ消えた?』の中で臨床心理士の東畑開人さんが「心」について「家族や組織やグループ、つまり「みんな」から離れたところで、ポツンと一人になるときがある。そのとき、私たちは心に向き合い始める。私は何がしたいのか、そもそも私とは何か、そういう問いがやってくるのだ。」と書かれていました。読み書くという孤独の行為もそんな問いを自身の心の中で転がし続けることだと思います。忙しさの流れの中にあるときこそ言葉を出し入れすることで心の輪郭が見えてくることもあるはずで、そう思うとただ本を読み、メモをとるというようななんてことのない行為も自分をカタチ作る大事な要素として感じられてきます。些細なことなので、あえて気にしなければ見えなくなってしまうことでもありますが、思ったり考えたりしたことをぐるぐる心でかき混ぜるうちに自分はこういう小さいことを大切にしたいと思っているんだなと改めて気づいたのでした。

先日は梅雨の合間、久々に晴れが続いた週末に家族でお店近くのお家に挨拶回りをしてきました。小さい島の何個かある集落のひとつ、もともと多くはない家並ですが現在は空き家が多くお会いできたのは数軒の方でした。突然の訪問にも関わらずみなさん温かく迎えてくれて、別れ際には笑顔で「わからないことがあればなんでも聞いてください」と口を合わせていたかのように言葉をかけてくれました。また印象的だったのは、すでにここで本屋をやることを知っている方が多く、(何日か前に通りすがりのおじーに本屋をやりますと伝えたからかと)やはり「一体なんでここで」「チャレンジャーだな」「いつまで続くか」「ちゃんと考えたのか」というように、お店の業態については「?」というような反応でした。自分でも大丈夫かな、いややってみないとわからない、とやると決めてからずっと葛藤していますが、こうも続けざまに心配されると不安になります。それに、逆に大丈夫だ、といっこうに誰にも言ってもらえないのでなんだか面白くもなってきています。お店を開けたあと僕は後悔するんだろうか、一体どんな感情で何を思っているんだろうか、とその日の帰り道、運転しながら想像しました。思いを巡らせたところでまだわかるはずのないことですが、そのときどんな自分の心と出会えるのか今から楽しみでいます。

前回、小さな主語という関わりの中で本を届けたいというような話を書きましたが、「本と商い ある日、」はいろいろな「小ささ」を大切にしていけたらと思っています。以下は運営していく上で目指したい4つのことになります。それらはどれも小さく当たり前のことかもしれませんが、ちゃんと言葉にしておきたいと思いました。

①「”ともにある”本屋」
時を、国を、人種を、性差を、宗教を越えて、ひととひとがともにあることを共有できる本を選ぶことで、「ここに居ていいんだ、ひとりではないんだ」と思える場所を作っていきます。多様な他者を感じられる、良い意味での違和感から本を手にしたひとの世界を広げ、揺さぶられる感覚を共有していければと思っています。

②「本とひと、ひととひとが繋がるセーファースペース」
性別、性的嗜好、人種、経済的格差、政治的信念、身体能力、階級、年齢、容貌、宗教、障害の有無など、ひととひとにおける無数の違いを認めながら、自分たちの持っている特権に無自覚にならないように場所を運営していくことをポリシーとします。

③「今、本屋をやるということ、本屋という体験」
本を主体としながらも、できる限り開かれた場所として好奇心の入口となれるように“商い”としてグッズ、お土産、ギャラリー、喫茶から本のある空間を楽しんでもらえたらと思います。またゆくゆくはワークショップやコミュニティガーデンといった様々なひととひとの出会いが生まれるあれこれを提案していければと考えています。

④「小さく持続していく」
小さいながらも関わりの中で本を届けていく。スモールな単位でお金を払う方も払われる方も目の前にいるひとの奥にある生活を想像しながら、そのお金がどう使われるのか考えるような距離感を大切にしていきます。

またこうあれたらという「本と商い ある日、」の思いを絵描きの土屋未久さんにお伝えしたところ、「誰かのある日は別の誰かのある日とつながっている。あなたとわたし、みんながつながりながら、本という広野で思考や心をみつめる姿」としてロゴを描いてくださいました。こういうひとつひとつの一歩で不安が和らいでいくようです。

そんなまだまだ期待より不安たっぷり(?)な「本と商い ある日、」では現在、ドネーションの支援を募っています。内装の工事は必要最低限としてできる範囲は自分で行い、本棚やカウンターも自作、仕入れも東京の在庫から回せる分は回すなどなるべく費用がかからないように取り組んでいます。ただ、それでも仕入れに回せる資金が心許ないところがあり、少しでも充実した棚でスタートできるようにドネーションの協力を呼びかけることにしました。一度はクラウドファウンディングも考えましたが、調べていてなんだか自分にとって規模の大きな物事のような気がしてたじろいでしまいました。そこで小さくとも自分のできる範囲で、「本と商い ある日、」らしい小ささのなかでのチャレンジとしてドネーションブックを制作することにしました。今までこの連載で書いてきたことと事業計画書に記した「本と商い ある日、という本屋のかたち」にあとがきを加えてまとめる予定です。

詳しい情報は特設サイトを作りましたのでそちらから確認、また支援をいただければと思いますが、集まったお金はすべて「本と商い ある日、」の充実した棚作りのために使わせていただきます。行き来するひととともにある空間として本を選び、本屋という場所を作っていければと思います。 個人のお店ということで常に、そして完全に開かれた状況を作るのは難しいかもしれませんが、目標として自分自身が忘れず大切にこの場所をやっていければと思っています。

ドネーション特設サイト
https://hamahiga-aruhi.net

 

次回2022年6月14日(火)掲載予定です
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