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2024.01.17

『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』刊行記念選書フェア
「身のまわりを見る・考える・つくってみる」

/ 山内朋樹

みなさま、はじめまして。このたび『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵(フィルムアート社)を刊行しました、山内朋樹です。この選書のテーマは、言ってしまえば「身のまわりのもののかたちを見て楽しんでほしい」ということに尽きるのだと思います。「かたち」と言ってもそれは本当にかたちある絵や建物だけでなく、音や味わいの構成や人と人との結びつきの「かたち」なんかも含めて考えてみてください。そして「できれば一緒に考え、つくってみませんか?」という誘惑です。つくってみること、あるいは言葉にしてみることは、見て考えることの大きなヒントになります。食や住まいや音楽など、身近なものを見ることからはじめ、考え、つくってみる(あるいは言葉にする)ことをガイドするような選書を考えてみました。ぜひぜひ手にとってみてください。

番外編

選書・文 山内朋樹


 

まずは身のまわりを見る・考える・つくってみる

生活

三浦哲哉『食べたくなる本』みすず書房、2019年

ぼくたちは日々なにかを食べて生きている。そんな身近な食べものを味わい、考え、つくるには? たとえば「サンドイッチ考」を開いてみよう。サンドイッチの歴史をひもとき、料理本や料理マンガの助けを借りながら、著者はありふれたあのサンドイッチがもたらす喜びを執拗に描写し、解き明かしていきます。具材をパンに挟むことで、具材はそのままで食べられるよりも、もっとおいしくなる。この変化の驚きこそがサンドイッチだと!

 

田崎真也『言葉にして伝える技術 ソムリエの表現力』祥伝社新書、2010年 

五感で感じたことを言葉にする——とはいえ、味や香りを言葉にするって難しいですよね。だからぼくたちは「こんがり」とか「肉汁がじゅわっと」といった常套句や、「手作り」や「厳選素材」や「オーガニック」といった先入観にあてはめて安心してしまう。けれど、それは本当にいま感じたことなんだろうか? 常套句と先入観から少しばかり自由になったとき、日々の食べものや飲みものは、いったいどんな味や香りをしているんだろう?

 

細馬宏道『介護するからだ』医学書院、2016年

介護の達人とは一流の観察者でもある! 介護と観察の達人たちが、ダンスとでも言うべき共同的な動きの輪のなかに老人たちを巻き込んでいくさまは見事と言うほかありません。「ごくごくごくごく、ごくん」——介助者の声と被介助者の動作がシンクロする。著者が自らのできなさをとおして、介護者と被介護者がともにつくりだすダンスを克明に描き出す。介護の現場を見つめると、言葉も体もこんなに切実で、しかし、面白い!

 

鳥羽和久『君は君の人生の主役になれ』ちくまプリマー新書、2020年

自分自身を見つめ直すこともまた、身のまわりを見て、考えて、言葉にすることと表裏一体です。学校、親、勉強、お金といったきわめて身近な話題について、十代に語りかける一冊。悩みつつも楽しみ、苦しみつつもそれが生きる実感にもなってしまう複雑でままならない人間を、ここまで透徹した目で描きだした本はないでしょう。中高生だけでなく、大学生や社会人が読んだって、親や教師が読んだっていいんです。というか、読んでみてください!

 

住まいと庭

中村好文『住宅巡礼』新潮社、2000年

本を開いてみたらわかってもらえると思うんですが、とにかくスケッチが可愛いんです。名だたる建築家たちが設計した住宅——巨大プロジェクトではなく——を訪れ、ひとつひとつ愛をもって描き出した名作。身のまわりを見て、考えて、スケッチしながらつくり、言葉をつむいでいくための見本のような本。こんなレジェンド建築に住む日は来ないとしても、目と手を養うひとつのモデルとして。

 

ジル・クレマン『動いている庭』山内朋樹訳、みすず書房、2015年

住宅ときたら庭でしょう。「庭なんてないから関係ないよ」と思われるかもしれませんがご安心を。庭だけでなく、もしかしたら建築より身近かもしれない空き地の雑草や道ばたの街路樹、線路脇の園芸や旅先の風景をこれまでとは違った目で見れるようにしてくれる名著。人間がデザインするのではなく、植物の動きによってかたちづくられていく風景を見よう!

 

芸術

宮崎駿『本へのとびら 岩波少年文庫を語る』岩波新書、2011年

東映入社後は一日一冊ペースで岩波少年文庫を読んでいたという著者は、若かりし頃は公園でひたすら人物スケッチを重ねていたとか。身のまわりを見て、考えて、スケッチし続けてきたことが、宮崎アニメに確かな厚みをあたえているんです。面白いのは著者の読みかた。途中までしか読んでないとか、とにかく挿絵がすごいとか——そう。本は全部読んだかどうかではなく、つまみ食いでも衝撃を受けるかどうかにあるんですね。

 

秋田麻早子『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』朝日出版社、2019年

絵の前に立ってみたはいいものの、いつも途方に暮れていませんか? 「美術に間違いなんてないから好きに見ればいいんだよ」と言われてもさっぱりわからない。キャプションを見たり、オーディオガイドを聞いたりしたらわかった気にはなったけど——まずは絵の表面にあるかたちや色や構成をじっくり見てみましょう。絵を見るためのはじめの一歩におすすめします。

 

伊藤亜紗『感性でよむ西洋美術』NHK出版、2023年

二枚の絵を見くらべてみるだけでこんなにも面白い! ひとつの絵をじっくり見るところからちょっとだけ背伸びして、あの絵とこの絵をくらべてみよう。著者の言葉に導かれるままに、聞いたことも見たこともない絵と絵のあいだにいくつもの結びつきと違いを感じることができるはず。二つの絵の結びつきと違いを手にすれば、ルネサンスやバロックのような大きな結びつきと違いも見えてくる! 「考えつつ、感じる力」で西洋美術史に入門しよう。

 

アレックス・ロス『これを聴け』柿沼敏江訳、みすず書房、2015年 

「クラシック音楽」や「現代音楽」や「ロック」じゃなくて「音楽」を語ろう──二十歳までクラシック畑で育った著者が自らの専門性を破壊して、バッハやモーツァルトと同じ地平でジョン・ケージを、ビートルズからレディオヘッドやビョークまでを語る縦横無尽の横断的な音楽批評。そう、ぼくたちが聴いてきたのは、いつも「音楽」だった!

 

大山顕『新写真論 スマホと顔』ゲンロン、2020年

工場、団地、ショッピングモール——それまであえて見る価値がないと思われていたもののイメージを刷新し続けてきた写真家による写真論。スマホカメラの技術革新、自撮りによる見る/見られる関係の変容、SNSによる写真の受容環境の刷新などによって、現代の写真は激変しつつあります。大多数が日常的にスマホを持ち歩いて写真を撮り、ときに自撮りをおこない、すぐさま共有する現在、最も身近なイメージについてあらためて考えるために!

 

千葉雅也『アメリカ紀行』文春文庫、2022年

日々の暮らしを言葉にする。ちょっとした買い物や雑談や街の風景を言葉でスケッチする。そんな断片的な小品がいくつも連なっていくエッセイ集。旅が言葉を誘発するのは、ありふれた日常をちょっと違ったよそ者の視点から見て、考えることになるからでしょう。一年間のアメリカ滞在から帰国した著者が描く「包装(日本)」では、この日本もまた、旅先のように異質な世界に見えてきます。いつもの場所にいてもなお、よそ者のように見て、考え、言葉にするために!

 

村上春樹『遠い太鼓』講談社文庫、1993年 

この本を読んだのは高校生の頃でしょうか。「ジョルジョとカルロ」とか「その男ゾルバ」ってなに? と思いながらも、「常駐的旅行者」の視点からたんたんと記述される暮らしの細部に魅入ってしまう。サーモンを切り分け刺身にし、残りは冷凍するのだとか、当地のおもしろ人物やそこで交わされる会話、レストランでの食事や執筆について──日々の生活をどうやってスケッチするかのひとつの見本になっています。いやあ、いつの日かギリシアの陽光の下、タヴェルナとやらでワインを飲んでみたいものですね。


 

かたちを見る・考える・言葉にする

岡﨑乾二郎『ルネサンス 経験の条件』文藝春秋ライブラリー、2014年

とにかく冒頭、ロザリオ礼拝堂について書かれた序論「アンリ・マティス」を読んでみよう。かたちからかたちへと美術史のハイパーリンクを踏むように展開する議論のなかで現れる、ティツィアーノ《田園の奏楽》の詳細な分析は、この絵の見かたを決定的に変えてしまいます。著者の身体的な絵の見かたのすべてに納得できるかどうかはともかくとして、こんなにも「絵を見ること」へと誘う言葉があるという驚き!

 

中谷礼仁『セヴェラルネス+ 事物連鎖と都市・建築・人間』鹿島出版会、2011年 

いつも歩いているこの都市のかたちはどのように生まれてきたんだろう? たとえば大阪南部の住宅街に突如現れる円弧状に分布する住宅群。古地図を繙いてみると、そこには人々の意識的営為の外側で土地が保存してきた古墳という「先行形態」があった!  都市の無意識を追う探偵のように、著者は偶然と必然が交錯するかたちの秘密を明らかにしていく。桂離宮の古くて新しい見かたを描き出した「桂の案内人」を読んだときの鮮烈な印象は忘れられません。

 

平倉圭『かたちは思考する 芸術制作の分析』東京大学出版会、2019年 

まずはセザンヌやマティスやピカソについて書かれた第一部のどれかひとつを読んでみよう。かたちが生まれていくプロセスをここまで具体的な言葉で描き出すことができるとは! 絵画制作時の詳細な記録と、細部に注意をうながす著者の言葉を往復しながら読み終えると、それだけでこの絵の見えかたが、自身の絵の見かたそのものが変わってしまったことに気づくはず。本書のピカソ論「合生的形象」は『庭のかたちが生まれるとき』でも議論しました。


 

「見る・考える・つくってみる」を考える

ティム・インゴルド『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』金子遊、水野友美子、小林耕二訳、左右社、2017年 

第四章で語られる石工と建築の関係は、まるで『庭のかたちが生まれるとき』で追跡した庭師と庭の関係のようです。職人はいかにしてつくるのか? つくることをとおして考える職人的な方法を辿ることで、物事を「内側から知る」こと。著者の語る人類学は、考古学や芸術、建築といった実践とともに、つくるプロセスのなかで見て、考えて、言葉にするものです。「人類学は誰かとともに研究し、そこから学ぶことだ」!

 

ブリュノ・ラトゥール『科学論の実在 パンドラの希望』産業図書、2007年 

哲学史を参照しながら問題設定をおこなう、ややハードコアな第一章をくぐり抜けなければ迷子になるかもしれませんが、第二章以降の議論はとにかくおもしろい! アマゾンの熱帯雨林のフィールドワーク、古典的な科学史の再解釈、バラモンが隠し持つ力を秘めた聖なる石といった魅力的な具体的事例をとおして、世界の新しい描きかたがかたちづくられていく! フィールドワークや集団制作について考えるためにも気合いで読み切りたい一冊。


 

フィールドワークをする・考える・言葉にする

佐藤郁哉『フィールドワーク増訂版 書を持って街へ出よう』新曜社1992 

フィールドワークをはじめるにはまずこの一冊を。フィールドワークで素材を溜めていくだけでなく、定期的に「中間的なテクスト」を書くという方法は、『庭のかたちが生まれるとき』のフィールドワークの合間にもやっていました。これをやってなかったら、溜まりすぎた素材と忘却の狭間でいまも書籍化できてなかったかもしれません(笑)。

 

千葉雅也+山内朋樹+読書猿+瀬下翔太『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』星海社新書、2021年

誰かの執筆術(制作術)は多くの場合見ることができず、書く人(つくる人)は一人悶々と書く(つくる)しかないものです。あの人はあんなに書いているのに自分は…。でもどんな人だって、毎日みっともなく書いているんです。いろんな人がどうやって書いているのか見てみたい! そんな軽い気持ちではじめたこの座談会も「書けない悩み」を持ち寄る四人の相談会の様子を呈しはじめ…。実はこの本で語っている悩みはほとんど『庭のかたちが生まれるとき』執筆中のものなんです(笑)。


 

番外編

ほかにも紹介したい書籍は多かったものの、入手困難のため外したものをリストにしておきます。

森蘊『作庭記の世界 平安朝の庭園美』NHKブックス、1986年

 

ミシェル・セール『自然契約』及川馥・米山親能訳、法政大学出版会、1994年

 

ロラン・バルト『現代社会の神話』下沢和義訳、みすず書房、2005年

 

木戸敏郎『若き古代 日本文化再発見試論』春秋社、2006年

 

石川初『ランドスケールブック 地上へのまなざし』LIXIL出版、2012年

庭のかたちが生まれるとき
庭園の詩学と庭師の知恵

山内朋樹=著

発売日:2023年08月26日

四六判・並製|384頁|本体:2,600円+税|ISBN 978-4-8459-2300-7