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2020.01.14

Vol.5  メインストリームの外側で生まれる希望
ノラ・トゥーミー監督 インタビュー

Creator's Words / ノラ・トゥーミー

第42回アヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞、審査員特別賞、最優秀音楽賞を獲得し、第45回アニー賞で最優秀インディペンデント作品賞に輝くなど、国際的な評価を受けてきたアニメーション映画『ブレッドウィナー』。「Creator’s Words」の第5回では、本作を手がけたノラ・トゥーミー監督に行ったメールインタビューを掲載する。タリバン政権下のアフガニスタンで生きのびるため、男子に「変身」しなければならなかった11歳の少女を描いた原作児童小説を、トゥーミー監督はどうアニメーション化したのか。大きく変化しない表情や繊細な光の表現、全体を通して色が暗い理由など、さまざまなことを語ってもらった。また高畑勲監督の『火垂るの墓』や東映動画(現、東映アニメーション)の「漫画映画」といった日本の作品からの影響にも触れてくれた。なお『ブレッドウィナー』は、現在(2020年1月14日)YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中。その後、全国にて順次公開されるので、ぜひ多くの人に見てもらいたい。

* * *

――ノラ・トゥーミー監督は、原作であるデボラ・エリスさんの『生きのびるために』を読まれたときを振り返り「すぐに(主人公である)パヴァーナに魅了された」「プロとしての長いキャリアの中でも、この映画を作らねばと感じた唯一の作品」と語っています。そのように感じたのはなぜですか?

ノラ・トゥーミー:この20年の間、私はいくつかのショートフィルムで監督を務め、長編を共同で監督し、会社の設立に関わってきました。その経験と、自分が母親になったということもきっかけとなり、チャレンジングで深い意味のあるもの、つまりデボラの描いたこの本のような物語に協力したいと思ったんです。
またアニメーションは、デボラが綴ったセンシティブな主題を描くことにとても向いている。高畑勲監督の『火垂るの墓』は、まさにそのことの証明です。
それと、私が所属するカートゥーン・サルーンでは、メインストリームのアニメーション映画に期待されているものとは、少し異なる物語に常にトライしてきました。『ブレッドウィナー』でもそれは変わりません。
それらが「この映画を作らねば」と考えた理由です。

――本作は現実に起こった社会的な事実、タリバン政権下のアフガニスタン(・イスラム共和国)における抑圧と、その中でのひとつの家族の暮らしが描かれています。その生活はタリバン兵からの暴力と常に隣り合わせで、現に本作にはさまざまな暴力が登場しますね。それらの暴力を描くうえで注意した点を教えてください。

トゥーミー:原作であるデボラの本が読者に敬意を払っているのと同じように、私たちも観客に敬意を払うことに努めました。例えば私が心がけたのは、10歳ぐらいの子供が対処することができる暴力のレベルをイメージし、『ブレッドウィナー』という作品の中でそれを保つこと。パヴァーナの人生をリアルな肖像として描き出すと、観客を遠ざけるような暴力の表現が生まれてしまいます。その地点までいかないようにするため、細心の注意を払う必要があったのです。バランスをとるために私は、親としての自分の感覚を頼りにしました。
『火垂るの墓』について先ほど少し触れましたが、この作品が見事に実践しているように、アニメーションというものは、暴力の恐怖を露骨な表現を用いずに観客に考えさせることができます。

――主人公パヴァーナをはじめ登場人物の表情が魅力的です。顔のパーツを大きく動かすことで感情を記号的に見せるのではなく、動きがほとんどないことにより、複雑な内面が感じ取れました。

トゥーミー:『ブレッドウィナー』の大きなテーマは「希望」です。パヴァーナの表情と彼女の瞳から見て取ることのできる彼女の内面や人生こそが、私たちが描いた最も純粋な「希望」の表現です。私たちのアニメーション制作チームは、質問で言ってくださったような動きを少なくする表現、ミニマルな手法には力があると理解しています。
また私たちは、映画を制作するにあたってアフガニスタンの人々と、特定の状況でパヴァーナはどう反応しうるか?子供たちはどのように周囲の恐怖から自身の姿を消そうと努めるのか?といったことを話し合いました。その中で最終的には、パヴァーナは「希望」であるという軸が生まれ、映画の全ては、賢明で力強く、豊かな考えを持つ彼女の表情を中心に展開することになったのです。

――パヴァーナは弟のために物語を作り、破られて欠けた父親の写真にパーツを描き足すなど、想像力のある少女として存在しています。パヴァーナをそのように造形した理由はなんですか?

トゥーミー:映画のある段階で、パヴァーナが自分の想像力と声で語る物語でしか幼い弟をなだめることはできなくなる。この語り、想像力には強さと癒し、そして先ほども言った本作のテーマである「希望」があります。
そして物語ることは、彼女が不在の兄との関係を探求することでもあります。想像力によって家族とのつながりが生まれていくのです。

――そのパヴァーナが話す物語は切り絵のような画によって表現されています。パヴァーナたちが生きている世界とは見た目が大きく異なる切り絵風なルックにした理由と、その世界を描くうえで最も重視した点を教えてください。

トゥーミー:パヴァーナが生み出す物語を、彼女の弟と同じく子供のように感じてほしかったということがまずあります。そのうえでアフガニスタンの豊かな文化を表現したかった。トルコ石や赤、金、エメラルドを使って彼女のイマジネーションを飾りました。観客は彼女を通して彼女の歴史に触れることになりますが、アフガニスタンを喚起させるモチーフはそのイメージをより生かすものになる。私たちは、描き方を変えることで、彼女の心の中に彼女のためのオアシスを作ったのです。

――朝日や土煙越しに切り取ったものなど、光の表現が繊細に行われています。そして父親がタリバン兵に連れ去られた後の、パヴァーナの家の暗い室内に差し込む光が強く印象に残りました。

トゥーミー:パヴァーナの母親や姉弟たちは、外に出て太陽の光を浴びることを制限された状況にいます。だからこそ、小さな家の中に差し込む陽の光は強い意味を持つのです。何かを失うと、残ったものが重要になる。光の表現でそのことが描ければと思いました。

――冒頭から登場する赤いドレスや、色とりどりのキャンディーなどを除き、全編を通して明るい色を使用しないようにされています。それはなぜなのでしょう?

トゥーミー:カブール(アフガニスタンの首都)では何もかもが土埃をかぶっているので、パヴァーナの赤いドレスやキャンディーが景観の中で映えます。その色の配置は、人々や物体が消えたり目立ったりするというこの作品のテーマと響き合い、アートディレクターのリザ・ライヒーとキアラン・ダフィにより深められていきました。
また赤いドレスはパヴァーナの幼少期の喪失を象徴しています。そして、彼女がそれとどう関係するかは映画の中で変化していくのです。

――荒廃した町並み、打ち捨てられた戦車が転がる砂漠など、暗くそしてリアリスティックな背景が描かれています。リアルさを求めた理由、そのために行ったことを教えてください。

トゥーミー:この映画ための調査を始めたとき、現実感がとても重要だと思いました。そしてその感覚を観客にも感じてもらい、これが映画だということを忘れさせることが大切だと考えたんです。そのために背景の表現方法を、その場所にのめり込めるようなものに修正しました。観客がパヴァーナの隣にいるような感覚、パヴァーナと一緒に体験しているような感覚を感じてほしいと願ったのです。
また道ゆく人々にカメラが近づいていく演出を何度も行っているのですが、それは、そうすることで、観客が映画により没入することができると思ったから。
そして没入感という意味では、風景だけではなく、りんごの皮や光の質といった小さなディテールがこの映画において重要な瞬間になりました。それはアフガニスタンの人々と当時の記憶について話し合う中から生まれたものです。

――パヴァーナの声優は当時11歳だったサーラ・チャウディリーが演じています。パヴァーナと同い年であること以外に、彼女をキャスティングした理由とはなんだったのでしょう?

トゥーミー:サーラは本当に才能のある若い役者で、11歳であるにも関わらず感情豊かにパヴァーナを演じられる能力がありました。
映画の中で(パヴァーナと交流し、彼女を助けることになる)ラザクを演じたカワ・アダは、「偉大な役者は演じるのではなく、『信じる』のだ」ということを私に話してくれました。サーラは完全に彼女が行うことを信じていた。彼女と仕事をするのは私にとって光栄なことでした。

――パヴァーナは男性のフリをする、つまり「変身」をしますが、そのモチーフは日本で劇場公開されたカートゥーン・サルーンの作品『ブレンダンとケルズの秘密』や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』でも描かれています。「変身」というモチーフはトゥーミー監督にとってどのような意味を持つのですか?

トゥーミー:全ての物語において、なんらかのかたちで「変身」が関わっています。全ての物語はある入口を通過し、そこを進んでいくことでなんらかの成長があり、そしてそこで得たものを理解するという過程を描いている。そのことを理解しない人が描いた物語は、けっして優れたものにはならないでしょう。

――「変身」と同様「物語」というものもカートゥーン・サルーンが生み出す作品の重要なモチーフになっているように感じます。トゥーミー監督にとって、歴史や歌も含む物語と、その継承とはどのような意味を持っているのですか?

トゥーミー:私たちはみな、それを認識するかどうかに関わらず、毎日「物語」を作っているのです。家に帰って誰かにその日何があったかを聞かれたとき、その返事が「物語」を語っていることになるのではないでしょうか。「物語」は人生のカオスに秩序を与えます。それはパヴァーナが『ブレッドウィナー』の中で行うことであり、私たちにとってとても重要なことです。

――カートゥーン・サルーンの作品からは東映動画(現、東映アニメーション)の作品である『わんぱく王子の大蛇退治』をはじめ日本のアニメーション映画の影響を強く感じます。トゥーミー監督が影響を受けた日本のアニメーション作品とその理由を教えてください。

トゥーミー:おっしゃる通り『わんぱく王子の大蛇退治』からは大きな影響を受けています。そしてスタジオジブリの全ての作品は私にとってとても重要なものです。そのほかの多くの作品も含め、日本のアニメーション映画はカートゥーン・サルーンに強い影響を与える存在であり続けています。
優れた日本のアニメーションは、無駄を省くだけでなく、それを美的な表現に昇華しています。そして私たちのスタジオも、そのような表現を行うことに努めてきました。

――子供と戦争の関係を描いたアニメーション作品として、日本では先ほどから何度もタイトルが挙がっている高畑監督の『火垂るの墓』が有名です。最後に『火垂るの墓』から受けた影響を詳しく教えてください。

トゥーミー:『火垂るの墓』は傑作であり、『ブレッドウィナー』に大きな影響を与えた作品です。一番の影響は、子供たちがいかにして環境を受け入れ、その中で生きていこうと努力するのか、ということを丁寧に描いていること。そしてそれは、『火垂るの墓』の最も悲劇的な部分でもあります。そのことによって到着するところが、地獄だからです。
高畑勲監督は映画を通して世界に素晴らしい贈り物を与えてくれました。私は光栄にも、アメリカで『かぐや姫の物語』が上映されるタイミングで、彼と会うことができたんです。そして『かぐや姫の物語』を初めて見たときの経験は忘れられません。アニメーションによる運動が、物語が、キャラクターが……本当に美しかった。言うまでもありませんが『かぐや姫の物語』も傑作であり、影響を受けた作品です。

* * *

『ブレッドウィナー』

 監督:ノラ・トゥーミー 脚本:アニータ・ドロン
原作:デボラ・エリス『いきのびるために』
エグゼクティブ・プロデューサー: アンジェリーナ・ジョリー
出演:サーラ・チャウディリー、ソーマ・チハヤー、ラーラ・シディーク、
シャイスタ・ラティーフ、カワ・アダ、アリ・バッドショー、ヌーリン・グラムガウス
音楽:マイケル&ジェフ・ダナ 編集:ダラ・バーン
アニメーション監督:ファビアン・アウリングハウサー
アートディレクター:リザ・ライヒー、キアラン・ダフィ
オフィシャルサイト:https://child-film.com/breadwinner/
2017年/カナダ=アイルランド=ルクセンブルク/93分/DCP/スコープ/5.1ch
©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中!以降全国順次公開

2019年12月26日
メール取材・翻訳・構成:フィルムアート社編集部

プロフィール
ノラ・トゥーミーNora Twomey

1971年、アイルランド生まれ。ダブリンにあるバリーファーモット大学のアニメーション・コースに進学。1999年、大学時代の仲間であるトム・ムーア、ポール・ヤングと共にカートゥーン・サルーンを設立。2009年、『ブレンダンとケルズの秘密』をトム・ムーアと共同監督する。同作は2009年のアヌシー国際アニメーション映画祭にて観客賞に輝く。その後、2017年に『ブレッドウィナー』で長編単独監督デビューを果たす。本作は、2018年のアヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞、審査員特別賞、最優秀音楽賞を獲得する。現在、絵本『エルマーのぼうけん』を原作とした長編アニメーションをNetflixの依頼で制作中。
『ブレッドウィナー』公式サイト:https://child-film.com/breadwinner/

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