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2025.04.02

第10回 何かをしている普通ではない人々についての映画——ショーン・プライス・ウィリアムズ『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』

映画月報 デクパージュとモンタージュの行方 / 須藤健太郎

映画批評家・須藤健太郎さんによる月一回更新の映画時評。映画という媒体の特性であるとされながら、ときに他の芸術との交点にもなってきた「編集」の問題に着目し、その現在地を探ります。キーワードになるのは、デクパージュ(切り分けること)とモンタージュ(組み立てること)の2つです。
今回はメイスルズ兄弟に師事することからキャリアを積み、アレックス・ロス・ペリー監督やサフディ兄弟ら、近年のアメリカ・インディペンデント映画に数多く撮影監督として参与してきたショーン・プライス・ウィリアムズの初監督作『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』。リリアンという登場人物を介しさまざまな出来事との遭遇を見つめるこの映画は、どんなことを試みているのでしょうか。

 

 タイトルは『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』? 監督はショーン・プライス・ウィリアムズ? 脚本はニック・ピンカートン? この作品についての記事を何か読んだ気がするが、なぜ、どこで、情報を知ったのか。
 ああ、そうだった。見当をつけて本棚をあさってみたら、すぐに思い出すことができた。
 2023年6月、フランスでジャン・ユスターシュの全作が4Kリストアされ回顧上映が始まり、『カイエ・デュ・シネマ』が特集を組んだ。そこに載ったニック・ピンカートンのインタヴューを読んでいたのである。ショーン・プライス・ウィリアムズが監督した『スイート・イースト』の脚本家であるニック・ピンカートンは、現在、ユスターシュについての著作を準備中だと紹介されていた。彼はタグ・ギャラガーによるロッセリーニの評伝(800ページ以上の大著である)をモデルにしてユスターシュの評伝を書くつもりだといい、いまはユスターシュの知人や協力者と信頼関係を結びつつ、1940〜50年代のオクシタニー地方(フランス南西部)や1960〜70年代のパリなどに親しむべく調査をしていると語る。ロケーションで撮影された映画には、撮影隊と場所との協調関係が見られるからだという。「実際、ナルボンヌに行ってみると、『サンタクロースの眼は青い』のカメラワークが恣意的なものではないと分かった。カメラの動きは、あくまで散歩道を行ったり来たりする人々の動きによって決められていた」[1]
 私はこの記事を読んで以来、彼の脚本作が日本でも公開することを心待ちにしていた。そこにはユスターシュの影響があるというからなおさらのこと。「同時代の映画の大半に自分は無関心だと思うけど、それは現実を撮影したものと合成映像とが一緒くたにされる傾向がたぶんにあるからだ。映画の何に惹かれるかというと、それは物理的な世界と指標的に関係を結ぶという、アンドレ・バザンが理論化したような世界との古き良きあの結びつきなんだ。ユスターシュが『スイート・イースト』の脚本の執筆に影響を与えたのは、こういう点においてだった」。

© 2023 THE SWEET EAST PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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 ニック・ピンカートンはこんなことも言っている——「ユスターシュの映画には——ポール・モリセイの映画のように——衒学的で愚かな人物が出てくるのが魅力的だと思うから、『スイート・イースト』にも何人かが紛れ込んだんだ」。
 さて、いざ作品に接してみると、ユスターシュのことを一旦忘れて見た方がよさそうだった。たしかに土地の風土に根ざす点にはじまり、白人至上主義者もアンティファもどちらも愚弄するような挑発的な態度にいたるまで、ユスターシュの遺伝子が思わぬところに受け継がれているようにも見えるが、それはこの映画のほんの一端にすぎない。本作の根本には、一人の少女リリアンを通して、アメリカ合衆国の現在の風刺画を描くという野心が見出されるはずだ。冒頭のミュージカルシーンはこれがある種のお伽噺であることを告げ、続いてリリアンが鏡の裏側へと入っていくのは、ここでは現実そのものが見せられるのではなく、鏡のように現実が照らし出されていくのだとあらかじめ示しておくためだろう。
『スイート・イースト』はショーン・プライス・ウィリアムズの初監督作にあたるが、彼はかつてメイズルス兄弟に師事し、すでに撮影監督としては20年以上のキャリアを誇る。アレックス・ロス・ペリーやサフディ兄弟の撮影を務めるなど、2010年代以降のニューヨーク・インディペンデント映画シーンに欠かせない存在である。今作でも自身でカメラを回しており、アートンのカメラを用いて機動力高く人物を追いかけ、16ミリ・フィルムの粒状感のままに捉えてみせる。手持ちだが、カットがあらかじめ割られていたことは画面の連鎖を見ればよくわかる。
 カメラをどこに向けるかという撮影の段階ですでに映画は作られていて、映画は編集室で作られるのではない、とショーン・プライス・ウィリアムズはいう[2]。監督のそんな方法論は作劇術にも反映されているようだ。つまり、リリアンはアメリカ東部を移動しながら数々の出来事に立ち会うことで、あたかもカメラと化して社会の証人となるからである。
 彼女はワシントンD.C.のカラオケバーで起きた銃乱射事件を目撃し、ボルチモアでアンティファ(彼らはアーティストとアクティヴィストを合わせて「アーティヴィスト」と自称する)が占拠する家に招かれ、トレントンでの白人至上主義者の集会に紛れ込み、戸建てに一人で暮らす大学教員ローレンスのデラウェアの家に転がり込む。ローレンスに連れ立ってニューヨークに行くと、そこで1970年代から抜け出てきたようなアフロヘアーの映画プロデューサーと監督の2人組にスカウトされ、19世紀初頭を舞台にした歴史ものの映画の主演を飾る。撮影中に銃撃事件に遭遇するもスタッフの一人の助けでヴァーモントに逃げ出し、人里離れた場所で集団生活を送るムスリムの男たちに遭遇することになる。
 すべてがリリアンの見た出来事である。また、リリアンがいま聞いたばかりの話をすぐさま自分のこととして語るのをかんがみれば、この主人公はカメラであると同時に録音機のようでもある。そして、すべてがリリアンの「選択」によるという意味でも(「これは自分で決めたこと(This is my choice)」だと彼女は友人に手紙を書く)、場所も登場人物も内容もてんでばらばらの挿話をつなげ、そこに筋道をもたらしているという意味でも、彼女は編集の機能を同時に担わされている。

© 2023 THE SWEET EAST PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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 冒頭と末尾で2回、リリアンはカメラにウインクをする。ショーン・プライス・ウィリアムズはこうして主人公をカメラと一体化させながら、そこにさらにひねりを加えてみせる。彼女は見る存在であるのだが、彼女が出来事に立ち会うことができるのはひとえに彼女がつねに視線=欲望の対象となるからなのである。
 ケイレブは自然を装いながら下半身をさらけ出し、ローレンスは彼女が家出少女と知るや自宅に招いて共同生活を始める。エドガー・アラン・ポーの研究者である彼は、アナベルと名乗る彼女に理想の女性像であるアナベル・リーを投影している。リリアンは俳優となることで文字通りカメラの被写体となり、パパラッチに狙われる存在にもなるが、リリアンを見出した監督もまた彼女に好意を寄せている。撮影現場から抜け出しフレームの外側へと逃れ出たかと思いきや、今度は保護という名目の下で小屋の中に監禁される。冒頭の鏡は、もちろん視線をめぐる主従関係を反転させるこうした仕組みを示唆するものだったわけだ。
「すべてが起こりうる(Everything will happen)」——『スイート・イースト』は最後にこんなメッセージを残して終わる。まあたぶん関係ないけどと自戒しつつ、私はこの文句に『彼女のいた日々』(2017)への遙かな応答を聞くような思いだった。盟友アレックス・ロス・ペリーの監督作で、自身が撮影監督を務め、とくだん何も起こらず、「何かをしているわけではない普通の人々についての映画(a film about ordinary people who don’t really do anything)」を自称する作品である。一人の若い女性を通して物語が展開し、同じく主人公の歌から始まっていた。
 何も起こらない。けれど、目には見えないところで、それぞれの感情は激しく揺れ動いている。アレックス・ロス・ペリーがそんな心理の機微を捉えようとしたとすれば、ショーン・プライス・ウィリアムズは現実を戯画化したこれみよがしのフィクションをそれに対置した。なんだって起こるだろう。だから、そのすべてにカメラを向けるのだといわんばかりに。何かをしている普通ではない人々についての映画がこうしてできあがる。


[1] Nick Pinkerton, « Eustache vu de l’Amérique », Cahiers du cinéma, nº 799, juin 2023, p. 35.以下の引用も同様。
[2] 『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』プレスシート。

 

© 2023 THE SWEET EAST PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 

『スイート・イースト 不思議の国のリリアン』
原題:The Sweet East|R-15+
2023年|アメリカ|104 分|16:9ビスタ|5.1ch
監督・撮影:ショーン・プライス・ウィリアムズ
脚本:ニック・ピンカートン
製作:クレイグ・ブッタ、アレックス・ココ、アレックス・ロス・ペリー
編集:ステファン・グレヴィッツ
プロダクション・デザイン:マデリン・サドウスキー
オリジナル音楽:ポール・グリムスタッド
サウンドデザイン:ディーン・ハーリー
出演:タリア・ライダー、サイモン・レックス、ジェイコブ・エロルディ、アール・ケイヴ、
ジェレミー・O・ハリス、アヨ・エデビリ、リッシュ・シャー

提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
© 2023 THE SWEET EAST PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイト:sweet-east.jp

2025年3月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中

バナーイラスト:大本有希子