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2017.11.10

異才、千木良悠子の『小鳥女房』に寄せて

レポート / 千木良悠子, 川本 直

千木良悠子は特異な作家だ。2000年、慶應大学在学中に短編小説「猫殺しマギー」で小説家として若干21歳でデビューし、2003年、同小説を表題にした短編集『猫殺しマギー』を上梓する。『猫殺しマギー』(産業編集センター)はアヴァン・ポップの系譜に属するシュールな作品集だ。2006年に発表された長編『青木一人の下北ジャングル・ブック』(ソニーマガジンズ)はシュールな持ち味はそのままに下北沢を舞台にしたエンターテインメント小説。2012年に出版されたノンフィクション『だれでも一度は、処女だった』(イースト・プレス)はヘテロセクシュアルの女性だけではなく、ヘテロセクシュアルの男性、レズビアン、ゲイ、果てはドラァグクイーンまで様々なセクシュアリティとジェンダーを持つ夥しい人物に初体験のエピソードを取材したノンフィクションであり、稀有な性の記録である。

千木良悠子の活動は著述業に留まらない。映画監督、俳優、演出家、劇作家としてのマルチな顔も併せ持っている。現在は劇作家・演出家としての活動が主になっており、自身の劇団SWANNYではオリジナル台本による公演のみならず、2015年にはドイツの鬼才映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『ゴミ、都市、そして死』、『猫の首に血』、2016年にはジャン・ジュネの『女中たち』というアンダーグラウンドな海外演劇の傑作の演出も手掛けている。

作家としての千木良悠子のルーツも興味深いものだ。橋本治を熱愛し、高橋源一郎、三島由紀夫、ファスビンダー、パゾリーニの影響を受けているという。

一般に早熟の作家が進化し続けるのは難しい。しかし、千木良悠子は『新潮』2016年5月号に掲載されたエッセイ「怪物たちの身分証明 : ベルリン・日本文学の旅」やフィルムアート社のウェブマガジン「かみのたね」で連載されている『東京狩猟日記』において成熟した知性を感じさせる静謐な文体で、新たな境地を切り拓き続けている。

その千木良が台本・演出を手掛ける演劇『小鳥女房』が11月に上演されるというニュースが飛び込んできた。これは観ないわけには行かない。私は千木良本人に事前に台本を提供してもらい、舞台稽古へ取材に赴いた。

10月27日午後6時。稽古場には既に役者たちが勢揃いしていた。主演の山田キヌヲと小林麻子が台詞を繰り返しながら、行ったり来たりしている。山田キヌヲを観るのは初めてだったが、その表情豊かな演技にすぐさま圧倒された。小林麻子は何度もTVで観ていたが、非常にエキセントリックで個性的な演技をする俳優だ。劇団乾電池所属の岡部尚は今回唯一常識人と言っていい役柄を手堅く演じている。そして、17歳の美少年を演じる田中偉登は実際の年齢も17歳。三島由紀夫の小説から抜け出してきたような、精悍な容姿の美少年だ。彼の声はとても美しい。

まもなく通し稽古が始まった。『小鳥女房』のストーリーは以下のとおり。Webライターとして仕事をしている主婦みちよ(山田キヌヲ)は「籠の鳥」のような生活を夫あきら(岡部尚)に強いられている。二人は朝に軽い諍いを起こす。

そんな二人のマンションに小林麻子演じるゴミ漁りが趣味の近所の主婦、磐城さん(小林麻子)が入り浸っている。磐城さんはみちよの手を借りて中高年向けの出会いサイトに登録し、まもなくボーイフレンドが出来る。しかし、そのボーイフレンドは中年男性などではなく、17歳の謎めいた美少年、高橋崇彦(田中偉登)だった。彼は女性の人権のためのテロを企てているという。それだけではなく、少年はみちよまで誘惑し、二人は肉体関係を持つ。みちよのマンションは少年の仲間たちが集うアジトと化し、テロの決行日がやって来る……。

『小鳥女房』は一見、女性の自立を描いたようにも見えるが、だからといって古色蒼然としたフェミニズム演劇ではなく、千木良はみちよもあきらも自分だという。ここには新しい性のあり方がある。『小鳥女房』では女性が主体性を持ち、男性が流されるという新たな関係性が提示されている。そして、みちよと磐城さんとの関係は同性愛的である。女性は女性と連帯するのだ。『小鳥女房』には既存の結婚制度や男女関係への批判が込められている。千木良は我々が「男性」、「女性」と語る時は飽くまでカギカッコつきであり、それに囚われることは道を間違えることになるという。男女の性役割が激変する最中にある現代、テーマは「関係性の進化」である。ミステリアスな美少年が華を添えていることもあって、三島由紀夫の『禁色』やパゾリーニの『テオレマ』を彷彿とさせる舞台でもある。

『小鳥女房』は進化し続ける作家、千木良悠子の最高傑作になるだろう。『小鳥女房』は2017年11月23日から26日まで渋谷円山町ユーロライブにて上演される。

 


 

SWANNY vol.10「小鳥女房」
公演期間:2017年11月23日 (木・祝) ~2017年11月26日 (日)
会場:ユーロライブ
公演ホームページ:http://swanny.jp/
出演  作・演出: 千木良悠子
キャスト: 山田キヌヲ、岡部尚、小林麻子、田中偉登