映画批評家・須藤健太郎さんによる月一回更新の映画時評。映画という媒体の特性であるとされながら、ときに他の芸術との交点にもなってきた「編集」の問題に着目し、その現在地を探ります。キーワードになるのは、デクパージュ(切り分けること)とモンタージュ(組み立てること)の2つです。
今回は8月23日に公開されたドキュメンタリーの巨匠、フレデリック・ワイズマン監督最新作『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』。「アクションつなぎ」「つなぎまちがい」をキーワードに、料理と演劇、演劇と映画、そして映画と料理の関係に切り込んでいきます。
冒頭抜粋映像『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』
「アクションつなぎ」というのは不思議なものだととつくづく思う。身振りを媒介にして異なるショットをつなぐ編集技法のことで、たとえば椅子に腰掛ける、その動きを利用してフルショットからバストショットに寄せたり、煙草に火をつける、その所作を利用してカメラのアングルを変えたりといった、ごく単純な仕組みである。いわゆる「見えない編集」の代表格みたいなもので、アクションの途中でカットを切り替えるとなぜか滑らかにつながり、特段に意識しなければ編集に気づかないことも多い。しかし、そのトリックをいったん知ってしまうと、そのつなぎ目が急に見えてきたりする。まるで手品のような技法である。
基本的には、現在においても、アクションつなぎはショットを滑らかにつないでいくために使われている。ただ、この連続性を仮構するための技法をむしろ断続性の強調として転用する場合があり、そういう事例が近年増えているのではないかと前々から気になっていた。自分がいつごろから意識しだしたかは記憶にないのだが、最近でいうと、編集技師として多くの映画の編集を手がける大川景子の監督作『Oasis』(2023)を見たとき、アクションつなぎの応用のことを考えた。下高井戸シネマで開催された特集上映「日々をつなぐ」で見たから、今年4月のこと。
こんなことがふいに頭に浮かんだのには理由がある。フレデリック・ワイズマンの新作『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』で、まさにこの種のアクションつなぎが使われていたからだ。アクションつなぎを実現するには、あらかじめカットを割って同じ動きを複数回撮影するか、それともマルチカメラで撮影するかのどちらかしかない。だから、アクションつなぎは1台のカメラと1本のマイクに限られるワイズマンの撮影体制とはそもそも相性が悪いのだが、『至福のレストラン』を見ていると、中盤あたりでいきなりアクションつなぎに遭遇することになる。アクションつなぎといっても、それはあくまでアクションつなぎの偽装であって、そこには意図的につなぎ間違いが混入させられている。
何度か映される、わりと大柄で英語を話す中年男性4人組のグループがいて、彼らはこのレストランを訪れる客のなかでもとりわけ俗物的な存在とされているように見える。食事を味わうよりも、写真に収めることに熱中するさまに焦点が当てられたり(「あ、さっき撮り忘れたかも」「大丈夫、おれが撮ってあるから」)、ワインを飲む段になっても、ぐるんぐるんと派手にワイングラスを回し、鼻を大きく膨らませては何度も繰り返し匂いばかりを嗅いでいる。アクションつなぎが導入されるのは、そのうち1人がいざワインを口にしようとするくだりである。カメラは当人を右斜め前から捉えているが、彼がグラスを手にして持ち上げた瞬間、今度は左斜め前からのアングルに切り替わる。紛うことなき、見事なアクションつなぎ。ところが、切り替わったショットでは、グラスの形状が明らかに異なっている。ワイズマンは編集段階で、別のワインを飲むショットを組み合わせたわけである。この男はどんなワインだろうと、まったく同じ身振りで口に運んでいたからだ。
別の場面でソムリエは語っていた。ワイン選びで大事なのは、料理とのペアリングやマリアージュ——いうまでもなくモンタージュの類義語——なのだ、と。ワインと料理との組み合わせを気にすることなく、ワインの香りと味をただ貪るばかりの彼らを描くにあたって、ワイズマンは調和を乱す異物を混入させた。一見つながっているように見えるけれども、実際はまったくつながっていない2つのショット。なぜここで、こうしたこれ見よがしに映画的な操作が必要とされたのか。単なるいたずら好きの遊び心?
「料理は映画ではない(La cuisine, c’est pas du cinéma.)」。トロワグロの3代目オーナーシェフであるミッシェルは1代目の祖父が語ったそんな言葉を紹介している。「映画ではない」というのはフランス語の慣用表現で、「料理ってのはお遊びじゃないんだ」くらいのニュアンスに解せるだろうが、この映画の中ではまったく異なる響きをもって聞こえてくるはずだ。というのも、『至福のレストラン』が示すのは「料理は演劇である」ということだからである。
レストランとはスペクタクルが披露される舞台空間であり、アミューズから前菜、メイン、デザートなどが順に記されたメニュー表は、あたかも劇場で配られるプログラムのようだ。シェフがインスピレーションを得て考案した料理には芸術作品のようにタイトルが付けられ、キッチンという名の工房で職人たちの手で準備され仕上げられる。給仕係の仕事はそんな芸術作品たる料理をテーブルに運び、客に供するだけではない。そこにはかならず料理の素材や食べ方などの説明が伴い、レストランで料理を味わうのは給仕係によるパフォーマンスをショーとして楽しむことと切り離せない。料理を片手にホールへと出て行く給仕係を追うカメラの手つきは、あたかも舞台袖から舞台へとあがっていく役者を捉えるかのようである。『エスター・カーン めざめの時』(アルノー・デプレシャン、2000)や『予備選挙/プライマリー』(ロバート・ドリュー、1960)をはじめ、数々のバックステージものの記憶が思わず蘇ってくる。
舞台空間と化したレストランでは、シェフは劇作家であると同時に演出家であり、ここ一番では自ら舞台に立って、大団円のパフォーマンスを披露する主演俳優でもある。「料理は映画ではない」。なるほど、それはスクリーン上を揺れ動く光の煌めきではなく、目の前で生身の身体によって展開される演劇である。そして、観客がそんな了解を得はじめたころに、ワイズマンはきわめつけのアクションつなぎの偽装でもって告げるのである——これは映画である、と。
『至福のレストラン』には、もうひとつ、気になるカット割りがある。
観客を前に芸が披露されるホールを舞台と見立てられるとすれば、キッチンはまさに舞台裏であったが、終盤で見せられるのは厨房もまた舞台だということである。それまでは総合監督といったていで息子たちの作る新作の試食に徹していたミッシェルは、最後に厨房に立ち、カメラの前で大舞台を演じることになる。「火を通したら一気に行くぞ」。気合いを入れてフライパンを握り、そのままひと息に盛り付けまで流れるように動いていく。彼は盛り付け用の作業台へと移動しながら「これでは大きすぎる」と持っていたトングを振り向きざまに放り投げ、すると、背後にいた若い料理人がそれを見事にキャッチする。カメラはそんな活劇的な魅力に満ちた瞬間をワンショットで捉える。奇妙なかたちでカットが割られるのは、いざ盛り付けが始まる次の瞬間だ。
はじめはおそらく次のように見えるはずである。画面の左右に2人の人物が配されており、右側にミッシェル、その向かいに作業台を挟んで別の料理人がいる。その状況全体を映すエスタブリッシング・ショットから始まり、次に盛り付けをしながら、料理人を指導するミッシェルの手元のクロースアップへと移行する。その切り返しのようなかたちでもう一人の料理人の皿がクロースアップされたあと、カメラはそのままティルトアップしてミッシェルの姿を画面に収める。古典的といいたくなるほどの流麗なショットの連鎖である。
しかし、これが奇妙に映るのは、ここでもいわゆる「つなぎ間違い」が導入されていて、しかもワイズマンにはそれを隠す気がないからだ。1台のカメラで捉えた映像をもとにカット割りが偽装されているため、ショットの連鎖としてはつながって見えながら、実際にはそれぞれのショットの間にはわずかであっても時間が省略されている。それは作業台上のトレイやボールやペッパーミルのような小道具の配置の不一致から見てとれる。
また、初見ではミッシェル側から撮られたように見えた1つめのクロースアップは、見返してみると、実際はもう一人の料理人の側から撮られたものだった。つまり、盛り付けの様子を捉えたクロースアップは同じアングルが2回繰り返されているということだ。エスタブリッシング・ショットで2人の人物を収めたならば、その次のショットでその2人の向こう側にカメラを据えるのは変則的なカットの割り方だろう。まずは人物を超えないように、画面右のミッシェルの左側に寄り、その後に向かいの人物に切り返すかたちでカメラに人物を跨がせるのがごく自然な流れというものだ。
ワイズマンは映像の組み合わせの妙に揺さぶりをかける。いや、それだけではない。ここでは編集によって、実際は時間の省略にすぎないものを空間の分割に見せかけるという離れ業が成し遂げられている。言い換えれば、ジャンプカットを隠蔽し、それをデクパージュに偽装しているわけだ。断片化ではなく、再構成に軸足を置いていながら、それと同時にその再構成が擬似的なものでしかないことを暗に示す。
料理は映画ではない。いや、料理は映画である。はたしてどちらなのか。
『至福のレストラン 三つ星トロワグロ』
監督・製作・編集:フレデリック・ワイズマン
出演:ミッシェル・トロワグロ、セザール・トロワグロ、レオ・トロワグロ、
マリー=ピエール・トロワグロ、トロワグロで働くスタッフほか
2023年|アメリカ|240分|ヴィスタ|モノラル|仏語・英語|日本語字幕:丸山垂穂
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル|宣伝協力:テレザ
© 2023 3 Star LLC. All rights reserved.
原題:MENUS-PLAISIRS LES TROISGROS
セテラ・インターナショナル創立35周年記念作品
公式サイト:www.shifuku-troisgros.com
公式X:@troisgros_movie
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
バナーイラスト:大本有希子 @ppppiyo (Instagram)