• Twitter
  • Facebook

フィルムアート社は会社創立の1968年に雑誌『季刊フィルム』を刊行して以降、この50年間で540点を超える書籍(や雑誌)を世に送り出してきました。それらどの書籍も、唐突にポンっとこの世に現れたわけではもちろんありません。著者や訳者や編者の方々による膨大な思考と試行の格闘を経て、ようやくひとつの物質として、書店に、皆様の部屋の本棚に、その手のひらに収まっているのです。

本連載では幅広く本をつくることに携わる人々に、フィルムアート社から刊行していただいた書籍について、それにまつわる様々な回想や追想を記していただきます。第2回目は、アテネ・フランセ文化センターのプログラム・ディレクターである松本正道さんに、出版に際し深いご協力を賜った『シネクラブ時代』(淀川長治+蓮實重彦編)をめぐって、80年代の映画上映プログラミングと評論文化の関係についてご執筆いただきました。

 

『シネクラブ時代』をめぐって

フィルムアート社からアテネ・フランセ文化センターで行われた数多くの講演からいくつかをセレクションし、書籍として刊行したいとご提案いただいたのは、1980年代の末だった。当時、同社の編集部に詩人の稲川方人さんがいらして、お声がけをいただいた。

『季刊フィルム』をはじめ日本の映画シーンに大きな影響を与えて来た出版社からの依頼なので、緊張はしたが、異存のあるはずはない。

対象になったのは、1980年代にアテネで行われた講演である。私がアテネ・フランセ文化センターのプログラムディレクターになったのが1979年、ルネ・クレールやジャック・フェデールはもちろんサッシャ・ギトリ、マルセル・パニョール、ジャン・グレミヨンなどの作品を網羅した1930年代のフランス映画の特集なども行ったが、しばらくは模索の時期が続いていた。

それが大きく動いたのは、1982年のダニエル・シュミット映画祭だった。その前年に東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブで行われた「スイス映画の史的展望」でダニエル・シュミットの『ラ・パロマ』が上映された。アラン・タネールを観に行っていたはずの私の関心はそちらの方へとシフトして行った。もちろん、ダニエル・シュミットに関心を持ったのは私ばかりではなかった。映画批評の文体を変えるほどの大きな影響力を持つ蓮實重彦批評が時代を席巻しており、そこから影響を受けた若い研究者・批評家たちが颯爽と登場した時期であった。

そして、彼らの多くがダニエル・シュミットの提示した異色な映画に反応した。フレディ・ビュアシュの著書『魔術師としてのダニエル・シュミットの肖像 』Portrait de Daniel Schmid en magicien はスイスで刊行されていたものの、世界的にもほとんど語られることのなかった映画作家に私たちは出会ってしまい、不可思議な魅力を感じて態度の表明を余儀なくされたのだ。

今思うと、それが、「映画の発見」と「映画をめぐる言葉の発見」の新時代の幕開けだったのかもしれない。私たちは、映画研究者・批評家と交流しながら、多くのプロジェクトを立ち上げて行った。それが古典映画であろうと、現代映画であろうと面白いと思ったものは片っ端から上映して行き、多くの人々が言葉で応えてくれ、その言葉に刺戟されて私たちは、更に新しい企画を立案していった。「古典映画の再評価と現代映画の発見」という私のプログラムディレクターとしての基本方針はこの時期に確立されたものである。

やがて、その交流の輪の中に8㎜で自主制作映画を撮っていた若者たちが加わってきた。黒沢清監督もその中のひとりである。彼らは、東京国立近代美術館フィルムセンターやアテネで見た映画を自分たちの映画づくりに軽快に引用し、自分たちの表現を磨いて行った。

昨年(2017年)の7月、早稲田大学で映画の上映をめぐるシンポジウム(早稲田大学演劇映像学会 第37回大会「映画を見ること­=見せること―映画上映の制度を問い直す」)が行われ、私もパネリストとして出席した。碌な話もできないので、普段はこのような場に顔を出すのはお断りするのだが、かつてアテネの上映活動を支えて下さった武田潔氏からの依頼とあってはそうはいかない。シンポジウムの日が近づいて来て、80年代のアテネの上映活動とは何だったのかと考えてみた。そして「シネフィルの解放区」という表現に行き着いた。その解放区の中では、様々な映画的欲望が交錯し、異常なエネルギーを発していた。

「映画の語り部」淀川長治、「映画批評の革命者」蓮實重彦両先生により監修され、ダニエル・シュミットに捧げられた『シネクラブ時代』は、その80年代のシネフィル文化の無軌道な熱狂を伝える書物としても読むことができるのではないだろうか。

 

『シネクラブ時代 アテネ・フランセ文化センター・トークセッション』

淀川長治・蓮實重彦=編
A5判・並製|352頁|定価 1,800+税|ISBN 978-4-8459-9087-0

*本書のカバーデザインにおけるメインカラーは、
表紙に使用された『天国は待ってくれる』(エルンスト・ルビッチ監督)の場面写真における、
ジーン・ティアニーの手袋の色に合わせて選択された。

プロフィール
松本正道まつもと・まさみち

1950年生まれ。アテネ・フランセ文化センターディレクター、映画美学校代表理事、コミュニティシネマセンター理事、川喜多記念映画文化財団評議員。1979年よりアテネ・フランセ文化センターのプログラムディレクターとして、世界各国の古典作品から現代映画まで、多種多様な映画上映を企画し、プログラムに合わせてシンポジウムや多様な批評家・研究者による講演も企画している。1997年に堀越謙三氏とともに映画美学校を設立、共同代表を務める。2009年より、コミュニティシネマセンターの活動にも理事として携わる。2009年第27回川喜多賞受賞。編著に『芸術経営学講座4 映像編』(東海大学出版会)、企画協力に『シネクラブ時代』(淀川長治・蓮實重彦編/フィルムアート社)がある。

過去の記事一覧