前編に引き続き、後編では残りの5冊を紹介致します。
【前編はこちら】
(六)『らくごころ』(ぴあ)
現在の落語界隈の賑わいは落語家さんだけのチカラでは無い。裏方さんの支えが無ければもたないだろう。この本は、ブームと云われるほどに活気のある、今の落語界のキーマンたちの考えや想いを、インタビュー形式でまとめた物だ。登場する人たちの名前を挙げるだけでも、落語好きにはその豪華さがわかるはず。広瀬和生さん・鈴木寧さん・野際恒寿さん・木村万里さん・布目英一さん・サンキュータツオさん・青木伸広さん・佐藤友美さん・小佐田定雄さん・橘蓮二さん。凄まじいラインナップである。
後世、今の「平成落語ブーム」のような現象を振り返る時、本書は、参考文献として必読の物となるだろう。表紙に書かれた「10人のキーパーソンに訊く演芸最前線」と云うキャッチコピーは過大広告では無い。この本には「落語の現在」が、無駄な煽りなど無しで、地に足のついた言葉たちで確かに語られている。最前線であればあるほど冷静でいないと駄目なのだ。
『らくごころ』(ぴあ)
(七)『夢になるといけねぇ』橘蓮二(河出書房新社)
同意が欲しい。落語家さんは格好良い。男流・女流の区別など無しで、高座での姿は本当に格好良い。見てくれの話では無い。イケメン落語家とかそういうのでは無しに、落語家さんは素敵だ。楽屋でのたたずまいもとても良い。美しいと云う形容を越えて神々しい時もある。私の中で落語家さんと云う存在は憧れの対象なので、そのように感じるのかもしれないが、写真家の橘蓮二さんならば、私の気持ちを理解して頂けるのでは無いか、と、勝手に思い込んでいる。
橘蓮二さんの写真は、落語家さんの凛とした姿、ただよう色気、深み、そういう感覚的な、見えるようで見えない、見えないようで見えるものなどを、浮かび上がらせてしまうところが魅力だと思う。一葉一葉がしびれるほどに美しい。思えば、ちくま文庫の写真集『おあとがよろしいようで』を手にした時から、橘蓮二さんの写真に私はうっとりしている。ひとめぼれからもう二十年だ。
また、この本の中では、そういう素晴らしい写真だけでは無しに、橘蓮二さん御自身で添えられた文章までもが楽しめる。これがまた悔しいくらいに良いのだ。
『夢になるといけねぇ』橘蓮二(河出書房新社)
(八)『落語たんけん』いいあい(ワニブックス)
この本は、女性イラストレーターの「いいあい」さんが、落語界隈のいろんな事柄を、自らの絵と文とでまとめた、イラストエッセイ集である。ゆるいようだがあなどるなかれ。作者が本当に落語好きで、寄席やいろんな会に通い詰めていないと、本書のような味わいはそうそう出るものでは無い。大仰に云えば「草書」の域である。
例えば、池袋演芸場を取り上げた十六頁。イラストの隅に手書きでさらりと書かれた「ビルに埋まるようにしてある一歩も引かないカフェド巴里」と云うフレーズ。この、池袋演芸場を描写するのに「カフェド巴里」に触れるセンス。おみごとと云うしか無い。全篇がこういう調子なのだ。落語の持つゆるさそのものでこしらえたような本である。
2009年発売で、今では入手困難であろう本書を、ここで紹介して良いのかどうかかなり悩んだが、将来の復刊に望みをかけて取り上げてみた。復刊が無理なら是非とも新作を。いいあいさんの手によるシブラク(渋谷らくご)や、成金などの落語会のイラストレポートを読んでみたい。今のうちに誰かいいあいさんにオファーを。
ちなみに、落語を取り上げたコミックエッセイと云うのはほとんど手付かずの分野で、およそ私の知る限りでは、先日の夏のコミックマーケットで「たかはしみっちっち」さんが同人誌で頒布していた落語レポート漫画(これも面白い本だった)くらいだ。他にあるなら教えて欲しい。
『落語たんけん』いいあい(ワニブックス)
(九)『落語ワンダーランド』(ぴあ)
2005年に同タイトルで出版された本の増補改訂版。各種データは更新され、新規の読み物が足されている。例えば、春風亭一之輔師匠のインタビューや、広瀬和生さん・長井好弘さん・青木伸広さんの鼎談などだ。本書は、ビギナー向けだとかマニア向けだとか、そういうことでは無しに、落語に興味のある人ならば誰にでも役に立つ一冊だろう。とにかく情報量が多い。下手に頭から通読しようとすると挫折する恐れがあるので、興味のあるところを抜き読みしたり、何かを調べようと云う時に開いてみたりする類の物では無いだろうか。時間に余裕のあるような時に、何とは無しに目を通してみる、拾い読みをしてみると云う、そんな楽しみ方も、ある意味で落語らしいと私は思う。
『落語ワンダーランド』(ぴあ)
(十)『落語の入り口』(フィルムアート社)
落語に興味の無い人たちを振り向かせる為の、落語ビギナー向けの本はもちろん必要だ。必要だが、ブームとまで称される現在の落語の勢いを見ると、今、本当に求められているのは、落語の入門書では無しに、一度でも落語に触れたことのある人たちや、少しずつ落語に興味が湧いてきた人たちを、落語中毒にさせてしまう本では無いだろうか。落語の、おなじみさまをもっと増やすような本が今こそ必要なのだ。そういう意味で、本書が刊行された意義は大きい。
この本は、タイトルこそ『落語の入り口』としてあるが、正直に云えば、落語ビギナー向けの物では決して無い。ただし、落語をちょっとでも知っている人には刺激的だ。もちろん落語中毒の人にも。例を挙げると、この本には「落語を聴いて得することってありますか?」と云う問いがある。この質問に対して、東京かわら版の編集長・佐藤友美さんは「損得勘定で落語を聴く/聴かないのであれば、「生涯聴かなくていいと思います」とご返答を差し上げて、この質問を終わりにしてしまいたい気持ちもあるのですが」とバッサリ。さらに「損得勘定からはもっとも遠いところにあるのが落語です」と切り返す。しびれる。だが、佐藤さんは、損得うんぬんの無粋な質問に、いちおうは釘を刺しつつも、その後に、落語を聴くとこういうような良いことがありますよ、と懇切丁寧に回答している。優しい。
このように、本書は、落語のとばくちに足を踏み入れたばかりの人たちに、ギュンギュンと刺激を与えてくれる一冊である。だいたい、冒頭で「なぜ周りが笑っているのかわかりません」と云う「Q&A」のある落語本など、今まで私は見たことが無い。落語中毒の人ならば、この本を肴に、仲間うちであァだこォだと云い合いながら一杯やれるはず。
また、本書には『昭和元禄落語心中』の雲田はるこ先生のインタビューも掲載されている。これは、漫画好きの人たちには是非とも読んで貰いたい、濃い口の裏話が満載だ。落語に対する雲田先生の深い愛情が感じられる話や、落語を漫画で表現する時にこのように工夫をしたと云う話など、とても読みごたえのあるトークを、聴き手の矢内裕子さんが見事に引き出している。
その他にも、落語とショートショート・落語と映画・落語と認知科学・落語とAIなど、他の分野と落語とを絡めて、その道のエキスパートたちが興味深い文章を寄せている。どれも目からウロコだ。落語のことをもっと知りたい、と云う人たちは、この本を読み、自分でも落語についてあれこれと考えてみるのをおすすめする。それだけの魅力が本書にはある。そして、気付いた時には、読者は落語のトリコになっているだろう。
『落語の入り口』(フィルムアート社)
【落語の本を手に取る余裕のある人生を】
さて「落語の現在がわかる本」を駆け足ぎみで紹介してみたが、この十冊に限らず、落語に関する本にはまだまだ良書・名著が幾らでもある。未来の傑作も、これからどんどん出版されるだろう。落語は、ただ聴いているだけでも楽しいが、時には、書店の落語コーナーを覗いたり、インターネットの本屋さんで「落語」と検索したりして欲しい。落語の本を手に取る楽しさを、あなたの人生に加えてみては如何だろう。落語本に時間を割けるような、心に余裕のある人生を、お互い、つつがなく過ごせることを祈りつつ……。